大学にはすでに「情報I」を高校の共通必履修科目として学んだ学生が入学しています。現行の高等学校学習指導要領は2022年度から年次進行で実施され、「情報I」は従来の「社会と情報」「情報の科学」の選択必履修から、全生徒を対象とする共通必履修へ改められました。標準単位数は2単位です。
その最初の標準的な卒業生が大学へ進んだのが2025年春です。すると大学側には、高校で情報社会、セキュリティ、情報デザイン、プログラミング、ネットワーク、データ活用まで学んでいる学生に、大学でも最初から同じ基礎を教え続けるのかという疑問が生まれます。実際、大学向けの数理・データサイエンス・AI教育モデルカリキュラムの2024年改訂版も、「情報I」で学んでいることを前提に、実データ・実課題を使う演習へ進むことを推奨しています。
しかし、ここで情報Iを履修した=大学で必要なICT技能を習得済みと読み替えるのは危険です。学習指導要領は高校が何を学ばせるかという共通の意図されたカリキュラムを定めますが、それだけで、各学校での扱い方、個々の学生の定着度、PC操作経験、大学のLMSやメールを使った課題遂行能力まで保証するわけではありません。2025年度新入生を対象にした東京都市大学の調査でも、高校での学習経験と学生の自己評価には幅が確認されています。
したがって本記事が検討する中心仮説は、基礎教育をなくすことではありません。全員を同じ初心者として再履修させる設計から、既習事項をまず確認し、不足を補完し、その先を大学のレポート、データ分析、共同作業、研究倫理、生成AI利用へ接続する設計へ重心を移すべきではないか、というものです。以下では、この仮説を支持する証拠だけでなく、限定条件とデータ不足も含めて検証します。
情報I世代の登場で、大学のICT基礎教育は何を変えるべきなのか
「情報I」が必履修になったことだけを理由に大学のICT基礎科目を廃止することはできません。一方で、大学が新入生全員を高校までに体系的な情報教育をほぼ受けていない学生と仮定することも、現行制度とは整合しにくくなりました。文部科学省の学習指導要領では「情報I」が共通必履修となり、大学側の数理・データサイエンス・AIモデルカリキュラムも、高校「情報I」の既習を前提としてカリキュラムの重複を見直す方向を明示しています。
2024年改訂の数理・データサイエンス・AI(リテラシーレベル)モデルカリキュラムは、「情報I」で学んだことを前提としつつ、実データや実課題を使う演習を中心にすること、必要に応じて情報Iの内容を復習すること、重複見直しで生まれた時間をAI、特に生成AIの学習に充てることを推奨しています。つまり政策・カリキュラム設計の側でも、高校で学んだから削除ではなく、理解を確認し、復習し、より深い内容へという発想がすでに現れています。
ここから大学ICT教育への示唆を引き出すなら、改革単位は科目を残すか消すかより授業時間を誰に何のために使うかです。たとえば全員に表計算の基本概念を90分かけて説明する代わりに、短い課題で確認し、未習熟者には補完教材を提供し、既習者には実データの整理・可視化・解釈へ進ませる余地があります。これは本記事の中心仮説です。
大学が全員を情報教育未経験者とみなす前提は見直すべきという部分は、制度資料から支持できます。診断・補完・発展型が全国の大学で最善というところまでは証明されていません。全国の2025・2026年度新入生を対象に、ファイル操作、表計算、LMS、プログラミング等を実技で一斉測定した代表調査は、今回確認した公開情報では見当たりませんでした。
まず確認したい――「情報I」世代は高校で何を学んできたのか
「情報I」は単なるPC操作科目ではありません。学習指導要領解説では、内容は大きく「情報社会の問題解決」「コミュニケーションと情報デザイン」「コンピュータとプログラミング」「情報通信ネットワークとデータの活用」に構成されます。プログラミング、モデル化・シミュレーション、ネットワークと情報セキュリティ、データベースの基礎、データの整理・分析、情報デザイン、知的財産や情報社会上の問題などが含まれます。発展科目として「情報II」が置かれ、両科目の標準単位数は2単位です。
重要なのは、これをWord・Excel・PowerPointの全国共通技能検定と読み替えないことです。学習指導要領は特定企業の製品を全国一律の到達目標として指定していません。情報の表現、データ処理、問題解決のためにソフトウェアを利用する学習は行われ得ますし、文部科学省の授業・研修用資料には文書・表計算・プレゼンテーション用ファイル等も登場しますが、それは全生徒が特定製品の同じ機能を同じレベルまで習得するという意味ではありません。
この違いは大学側にとって大きな意味を持ちます。たとえばデータを整理・分析するという内容は高校と大学で重なりますが、高校で統計量やグラフを学んだことと、大学で実験・調査データをクリーニングし、適切な形式で保存し、分析結果を説明し、再現可能な形で提出できることは同じ到達レベルではありません。
一方、高校のICT環境そのものは旧課程期から大きく変化しています。文部科学省の2026年3月1日現在の公立学校調査では、高等学校に学習者用コンピュータ約231万台、児童生徒1人当たり1.2台が整備され、無線LANまたはLTE等でインターネット接続できる普通教室は99.5%でした。これは情報I世代が、以前より端末を使える学校環境の中で学んできたことを示す重要な背景です。
しかしこれは端末整備の統計です。生徒一人一人が同じ頻度・方法でPCを使ったことや、ファイル管理、キーボード入力、大学課題の遂行能力を保証するデータではありません。また文科省の情報活用能力調査で、キーボード課題やCBTまで含めた測定は行われていますが、2022年1~2月に実施された調査は「情報I」が始まる直前であり、現在の情報I世代を直接測った結果として使用することはできません。より古い高校生対象CBTは2015~2016年度実施です。
「習ったはず」と「できるはず」の間には距離がある
ここが、高大接続を考える際の最重要点です。本記事では便宜上、学習指導要領に規定された内容を「意図されたカリキュラム」、学校で実際に行われた学習を「実施されたカリキュラム」、入学時点で学生が実際に使える状態で保持している力を「達成されたカリキュラム」と分けます。情報Iの必履修化で共通化されたのは第一の層であり、三層が完全に一致したことを意味しません。
2025年度東京都市大学新入生調査は、その距離を考えるための有力な個別事例です。回答者1,758人のうち、1,468人が高校で「情報I」を履修したと回答し、調査側も2025年度入学生を、新課程で情報Iが共通必履修となった最初の入学生として位置付けています。しかし、旧課程の「情報の科学」72人、「社会と情報」78人などの回答もあり、「覚えていない」143人、「履修していない」21人もいました。自己申告なので履修歴の記憶違いを含む可能性がありますが、「2025年度入学生」という属性だけで全員の履修経路を完全には確定できないことは分かります。
同じ調査では、PCを「ほぼ毎日」使うと答えた学生が500人なのに対し、インターネットをほぼ毎日使う回答は1,495人でした。キーボード入力については「全て見ずに入力できる」64人、「時々見る」565人、「見ながら入力」839人、「キーを一つずつ探す」209人などに分かれています。これはスマートフォンやインターネットの日常利用経験とPC上の入力・操作経験を同一視できないことを示す一大学の事例です。
高校等で「表計算ソフトの操作を学んだ」と回答した学生は1,092人でしたが、自分の理解度を肯定的な二つの選択肢で回答したのは計700人、否定的な二つの選択肢は計1,009人でした。文書作成やプレゼンテーションでも、学習経験と自己評価は完全には重なっていません。
ただし、この数字を情報Iを履修しても表計算ができないと読むのは不適切です。これは一大学の自己申告アンケートであり、実技試験ではありません。少なくとも学んだという回答だけから均質な自信・定着を仮定するのは難しそうです。したがって大学が履修歴だけで補習不要と判断するより、短い実課題で確認した方が安全である、というのがこの記事の読み方です。
大学入学共通テスト「情報I」も、履修と習得を考える際には慎重に使う必要があります。2025年度の「情報I」は279,718人が受験し、平均点は69.26点でした。2026年度は305,202人、平均56.59点です。ただし、年度間で平均点が大きく変わっていますが、この差だけから学生のICT能力が低下したとは判断できません。問題も受験者集団も異なるからです。
さらに、「情報Iを高校で履修した人」と「共通テストで情報Iを受けた人」は同じ集合ではありません。共通テストは入試でその科目を選択・利用した受験者の成績であり、大学入試センターは2026年度について設問別得点率・正答率等も公開していますが、試験得点はファイル整理、LMS提出、大学メール、Wordのスタイル設定などを直接実技で測るものではありません。共通テストの得点を大学のICT実務能力の代理指標にするのは飛躍です。
高校の情報Iと大学ICT基礎教育は、どこが重なり、どこが違うのか
項目名だけを見ると、高校と大学にはかなりの重複があります。しかし重要なのは、何のために、どこまで使えることを求めるかです。以下は学習指導要領と大学の公開シラバス、数理・データサイエンス・AIモデルカリキュラムを照合した整理です。
| 項目 | 情報Iでの位置付け | 大学で求められる場面 | 重複の見方 | 大学での扱い方 |
|---|---|---|---|---|
| 情報社会・情報モラル | 明確に扱う | 学内システム、SNS、学術活動 | 概念は重複 | 大学規程・実例へ接続 |
| 情報セキュリティ | ネットワークとともに扱う | アカウント、MFA、端末、研究データ | 基礎概念は重複 | 学内環境で実践 |
| 情報デザイン | 主要領域 | レポート図表、発表資料 | 原理は重複 | 学術的表現へ発展 |
| 文書・資料作成 | 情報表現として関連するが製品指定ではない | レポート、卒論、発表 | 部分重複 | 診断+大学書式へ |
| 表計算 | データ処理で利用し得るがExcel全国必須ではない | 集計、グラフ、実験・調査 | 部分重複 | 診断後に実データへ |
| データ分析 | 明確に扱う | 調査・研究・専門科目 | 内容重複あり | より実践的に発展 |
| プログラミング | 明確に扱う | 専門教育、データ処理 | 基礎概念が重複 | 専攻に応じ診断・発展 |
| アルゴリズム | プログラミングと関連して扱う | 問題解決・計算 | 重複あり | 到達度確認後に発展 |
| モデル化・シミュレーション | 扱う | 分野別モデル・分析 | 基礎と応用の重複 | 専門課題へ転移 |
| ネットワーク | 明確に扱う | 学内・研究ネットワーク | 原理は重複 | 実運用・安全へ |
| データベース | 基礎を扱う | データ管理、研究 | 基礎重複 | 構造化・実データへ |
| 情報検索・評価 | 問題解決の情報収集として関係 | 論文・統計・一次資料探索 | 目的が異なる | 学術情報検索へ発展 |
| 著作権 | 知的財産を扱う | 引用、画像利用、論文 | 原則は重複 | 引用実務・研究倫理へ |
| ファイル管理 | 全国一律の製品操作到達目標ではない | ほぼ全科目 | 重複保証なし | 入学時確認が有効 |
| LMS・大学メール | 大学固有 | 履修・提出・連絡 | 高校との直接重複なし | 大学で教える |
| クラウド共同作業 | 高校でも経験し得る | グループワーク | 経験差あり | 学内環境で確認 |
| 学術情報検索・研究倫理 | 大学固有性が強い | レポート・研究 | 重複小 | 大学で発展・新規 |
| 生成AIリテラシー | 2018年告示の情報Iに生成AI固有内容はない | 課題・研究・業務 | 大学側で更新必要 | 検証・倫理・情報管理を含める |
実際、2026年度の立教大学「ICTリテラシー」はWord、Excel、PowerPointを用いた実習とCanvas LMSを組み合わせています。一方、工学院大学の「情報処理入門」は、Windows、大学メール、Word、Excel、PowerPointに加え、大学の学修支援システムやGoogle Workspaceまで授業に組み込みます。これは「Office操作」が単なる高校内容の復唱ではなく、大学という具体的環境で課題を完遂するための技能として配置されている例です。
したがって、「情報Iにデータ活用がある→Excel教育は不要」「情報デザインがある→PowerPoint教育は不要」といった項目名だけの引き算は危険です。逆に、既習者にもセル入力や文字装飾から毎回始める必要があるかは別問題です。改革すべきなのはソフトを扱うかどうかではなく、大学課題を遂行できる到達目標から逆算して、どこを確認に圧縮し、どこを応用へ移すかでしょう。
大学で本当に変えるべきなのは「内容」より「入口」かもしれない
一律型授業には大きな利点があります。時間割・成績評価を統一しやすく、大規模科目でも運営でき、基礎に不安のある学生が自己申告しなくても支援を受けられます。したがって診断型の方が常に優れているとは言えません。
ただ、情報I後の大学では、授業冒頭にごく短いできることの確認を入れる意味が増しています。ここでいう診断はたとえば、指定フォルダにファイルを保存してLMSへ提出する、文書に見出しと出典を設定する、表データから適切なグラフを作る、簡単なアルゴリズムを読んで結果を説明する、といった大学で実際に使う課題を小さくしたものです。履修歴ではなく実行可能性を見ることで、「習ったが忘れた」「別のソフトならできる」「概念は知るが大学環境は初めて」といった違いを拾いやすくなります。
| 能力 | 入学時に確認 | 不足時に補完 | 大学で発展 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| PC・ファイル操作 | 保存、命名、圧縮等の短課題 | 動画・演習・相談 | 課題提出ルール | 情報I履修歴だけでは判定しない |
| 文書作成 | 見出し、図表、体裁 | 基本操作教材 | レポート・論文書式 | 製品操作より成果物で確認 |
| 表計算 | 式、表、グラフ | 基礎演習 | 実データの分析・解釈 | 情報Iのデータ活用と接続 |
| プレゼン | 構造・可視化 | 基本操作 | 根拠ある発表 | 情報デザインへ接続 |
| プログラミング | 読解・小課題 | 基礎教材 | 専攻別課題 | 全員同レベルを仮定しない |
| LMS・メール | 実際にログイン・送信 | オリエンテーション | 全授業で利用 | 大学固有なので原則新規 |
| 情報検索・引用 | 簡単な出典課題 | 図書館教材等 | 論文検索・引用 | 大学固有性が高い |
| 生成AI | 出力検証・情報入力判断 | ガイドライン学習 | 専門課題で適切に利用 | 利用可否だけで評価しない |
このモデルで重要なのは、既習者を授業から免除することだけを目的にしない点です。ある学生は表計算の基礎を飛ばしてデータ分析に進めても、引用や学術検索は初学者かもしれません。別の学生はプログラミング経験が豊富でも、ファイル提出や大学メールには不慣れかもしれません。能力は一本の「ICTが得意/不得意」軸で並ぶとは限りません。
実装方法も二分法にする必要はありません。大規模大学なら、初回確認課題→LMS上の自己学習モジュール→必要者だけ補完課題、という軽量な構成もできます。少人数なら個別フィードバックを増やせます。必修科目を分級できない大学なら、同じ教室内で「基本課題+発展課題」にする方法もあります。
むしろ参考になるのは、数理・データサイエンス・AI教育モデルカリキュラムの考え方です。同資料は、高校「情報I」と大学内容が重複する箇所について、理解度を確認したり復習したりした上で、より深い内容を教えることを提案しています。これはこの記事の「既習確認→補完→発展」という仮説とかなり近いですが、必要な場合の復習も明示している点が重要です。
大学だからこそ追加するべきICTリテラシーとは何か
大学ICT教育の価値は、高校で学んだ情報活用を、学術的な判断と成果物へ転移させることにあります。
第一は学術情報検索です。一般のWeb検索と、論文データベース・図書館資料・政府統計・一次資料を目的に応じて使い分けること、情報源の発信主体、根拠、更新時期を評価することは、大学のレポート・研究という文脈で意味を持ちます。高校の問題解決学習との連続性はありますが、必要な証拠水準は変わります。
第二は引用・著作権・研究倫理です。著作権という制度を知っていることと、実際のレポートで他者の文章・画像・データを区別し、出典を示し、自分の主張と引用を分けることは別の能力です。高校内容を既習だから不要にするのではなく、大学の成果物へ適用させる必要があります。高校「情報I」に知的財産・著作権が含まれることは、大学側がゼロから概念説明をしなくてよい可能性を高める一方、学術的引用の習熟まで保証しません。
第三が大学固有のデジタル環境です。大学アカウント、多要素認証、LMS、大学メール、クラウドストレージ、共同編集、ソフトウェアライセンス、ファイル提出規則などは、高校「情報I」の全国共通カリキュラムでは教えようがありません。工学院大学の2026年度シラバスで、学修支援システム、教育用メール、Google Workspaceまで扱っていることは、その大学固有性をよく示しています。
第四が生成AIです。文部科学省は2023年7月に大学・高専向けの教学上の取扱いを周知し、教育実態や技術変化に応じて各機関が主体的に指針を見直すことを求めています。2024年改訂の数理・データサイエンス・AIモデルカリキュラムも生成AIを明確に取り込みました。
生成AIリテラシーをプロンプトがうまく書けることだけに縮めるべきではありません。大学で必要なのは、出力を事実確認すること、情報源をたどること、自分の判断とAI生成物を区別すること、個人情報・未公開研究データ・機密情報を不用意に入力しないこと、授業や研究のルールに従うこと、引用・著作権・学術的誠実性との関係を理解することです。文科省の大学向け周知も、生成AIの利用可能性とリスクの双方を踏まえて教学上の扱いを検討する枠組みを示しています。
ここからAIが文書や表を作れるからOfficeや検索は不要とは導けません。AI出力を検証し、ファイルとして管理し、大学指定の形式に整え、データの意味を理解し、最終成果物に責任を持つ主体は依然として学生です。生成AIの普及は従来技能を丸ごと消すというより、手順を暗記して実行する基礎、から適切な道具を選び、出力を検証し、成果物に統合する基礎、へ比重を変えると考える方が妥当です。
一律授業を見直すとしても、簡単ではない
ここまでの議論だけを見ると、入学時診断と個別化を導入すれば解決するように見えます。しかし実務上はそう単純ではありません。
まず、診断そのものにコストがかかります。何を測れば大学での学修成功に結び付くのかを定義し、課題を作り、採点し、毎年更新する必要があります。自己申告式アンケートなら低コストですが、東京都市大学の例からも分かるように、「学んだ」「分かる」という回答と実際の技能を同一視できません。
次に、大規模必修科目では、診断結果を得てもクラス分けができないことがあります。時間割、教室、担当教員、TA、単位認定を複数化すれば運営負荷が増えます。補習を別枠にすれば、必要な学生だけに追加負担が集中したり、できない学生の授業という烙印を生んだりする可能性もあります。したがって、同一科目内で選択課題を分ける、自学教材を用意するなど、大学の条件に合わせた設計が必要です。
さらに、専攻差があります。工学系で必要なプログラミング・データ処理と、人文系で重要な史資料検索・テキスト処理、医療系で必要な個人情報・データ管理では、同じ「ICT基礎」という名称でも卒業時に必要な能力は違います。全国の大学に単一の初年次ICTシラバスを当てはめる発想自体が、情報I後にはさらに難しくなります。
全国的な大学ICT教育の実態把握にも限界があります。文部科学省の最新「学術情報基盤実態調査」は全国の大学のコンピュータ・ネットワーク等の基盤を把握する重要な調査ですが、個々の初年次科目でWord、表計算、LMS、プログラミング、生成AIをどの程度扱うかを全国的に比較できる詳細なカリキュラム統計とは性格が異なります。したがって、本記事で挙げた大学シラバスは存在する設計例であり、日本全体の平均像ではありません。
情報I世代の大学教育で問われるのは、「何を教えるか」だけではない
回答は、大学ICT教育を減らすか、残すかという二択ではありません。
高校側には、以前より明確な共通基盤が設定されました。「情報I」では情報社会、情報デザイン、プログラミング、ネットワーク、データ活用等を全生徒が学ぶことになっています。
大学側のモデルカリキュラムも、その変化を無視せず、「情報I」を前提に重複を確認・復習し、その先へ進む方向を示しています。
一方、2025年度新入生の個別大学調査からは、PC経験や高校で扱った内容、自己評価が均一ではないことが確認できます。
したがって、大学ICT基礎教育で最も再検討すべきなのは、全員に同じ内容を同じ入口から同じ時間だけ教えるという前提ではないでしょうか。既習事項を短く確かめ、必要な学生には基礎を確実に補い、既習者には発展課題を与え、全員を大学のレポート、データ活用、共同作業、研究倫理、生成AIの検証へ接続する設計には、制度面・実証面の双方から一定の根拠があります。
大学が問うべきなのは情報Iで何を習ったかだけではなく、「入学時に何ができるのか」「大学の課題で何ができなければならないのか」「卒業時にはどこまで自律的に情報技術を使い、判断できる必要があるのか」です。
そして高校側の情報教育がさらに更新され、生成AIやデータ活用が日常の学習環境へ組み込まれていくとき、大学はまた入口を動かさなければなりません。
高校側の基礎が更新され続ける時、はたして大学はどこを自らの教育の出発点と定義するのでしょうか。
よくある疑問Q&A
情報IではWordやExcelも学ぶのですか?
文書作成やデータ処理にソフトウェアを使うことはありますが、学習指導要領がMicrosoft WordやExcel等の特定製品操作を全国一律の必須到達目標として指定しているわけではありません。情報デザインやデータ活用という学習目標と、特定製品の操作技能は区別する必要があります。
情報Iを履修した学生ならプログラミングはできますか?
プログラミングは「情報I」の明確な学習内容です。しかし「履修した」ことから、任意の言語で大学課題を自力実装できる水準まで全員が到達したとは判断できません。大学では短い読解・作成課題で確認し、専攻の要求水準へつなぐ方が安全です。
情報Iが必修なら大学の情報リテラシー授業は不要ですか?
不要とは言えません。大学固有のLMS、メール、学術検索、引用、研究倫理、研究データ管理、生成AI利用等があります。一方、情報Iと重なる基礎を全員に長時間再説明する必要があるかは見直す余地があります。モデルカリキュラムも、理解確認・必要な復習・より深い学習という接続を示しています。
共通テストで情報Iを受けていない学生もいますか?
います。「情報I」は高校の共通必履修科目ですが、大学入学共通テストの「情報I」を全ての高校生が受験するわけではありません。2026年度の「情報I」受験者は305,202人でした。履修者集団と入試受験者集団を同一視してはいけません。
スマホに慣れた学生にもPC操作を教える必要がありますか?
学生全員に同じPC操作説明が必要とは限りませんが、スマートフォンの利用頻度だけをPC技能の代替指標にはできません。東京都市大学の2025年度新入生調査では、インターネットの日常利用とPCの日常利用、キーボード入力への自己評価に明確な幅がありました。ただし一大学の自己申告データです。
大学では生成AIについて何を教えるべきですか?
単なるツール操作より、出力の検証、情報源評価、個人・機密情報の扱い、著作権、引用、学術的誠実性、自分自身の判断との区別を含めて扱う必要があります。文科省は大学・高専に対し、利活用可能性とリスクの双方を踏まえた主体的な対応を求めています。
大学は入学時にICT能力をテストした方がよいのでしょうか?
「必ずテストすべき」とする全国的な実証根拠は確認できません。ただ、履修歴と習得度を分けるなら、自己申告だけでなく大学で実際に行う小さな課題を使って確認する方法には合理性があります。実装負担が大きい大学では、初回授業内の確認課題やLMS上の自己学習モジュールなど、軽量な方式も検討対象になります。
参考
文部科学省|高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 情報編|2018年7月|「情報I」の共通必履修化、標準単位数、四領域、プログラミング、ネットワーク、データ活用、情報IIとの関係を確認。
URL:https://www.mext.go.jp/content/1407073_11_1_2.pdf
文部科学省|令和7年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果|2026年8月|公立高校の学習者用コンピュータ、通信環境等を確認。
URL:https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/mext_00095.html
URL:https://www.mext.go.jp/content/20260828-mxt_shuukyo01-000051746_001.pdf
文部科学省|児童生徒の情報活用能力の把握に関する調査研究/情報活用能力調査(令和3年度実施)|2023年3月公表|調査時期、抽出校・人数、キーボード課題・問題調査等を確認。情報I開始前の測定であることに留意。
URL:https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/mext_00028.html
URL:https://www.mext.go.jp/content/20230712-mxt_jogai01-000026776-001.pdf
文部科学省|情報活用能力調査(高等学校)の結果について|2017年登録、調査は2015年12月~2016年3月|旧課程下の高校2年生4,552人を対象としたCBT等であることを確認。
URL:https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/1381046.htm
独立行政法人大学入試センター|令和7年度大学入学共通テスト 実施結果の概要|2025年|「情報I」受験者279,718人、平均69.26点を確認。
URL:https://www.dnc.ac.jp/albums/abm.php?d=733&f=abm00005261.pdf
独立行政法人大学入試センター|令和8年度大学入学共通テスト 実施結果の概要|2026年2月5日|「情報I」受験者305,202人、平均56.59点等を確認。
URL:https://www.dnc.ac.jp/news/albums/abm.php?d=514&f=abm00006109.pdf
独立行政法人大学入試センター|令和8年度 試験情報データ(本試験)|2026年|設問別得点率・正答率等の公開を確認。
URL:https://www.dnc.ac.jp/kyotsu/hyouka/r8_hyouka/r8_data.html
東京都市大学 情報基盤センター|情報環境に関する新入生調査 2025年度|2025年|回答者1,758人、情報I履修自己申告、PC利用、キーボード、情報教育内容・自己評価等を確認。大学公式調査。
URL:https://www.itc.tcu.ac.jp/activity/research/
安井浩之|「2025年度新入生情報環境調査について」|東京都市大学公開研究報告、2026年|情報I共通必履修後の最初の新入生 cohort を対象とした調査であることを確認。査読論文ではなく大学紀要・研究報告として扱った。
URL:https://www.tcu.ac.jp/tcucms/wp-content/uploads/2026/08/yasui_tcu_kiyo_Vol19_2026.pdf
文部科学省|学術情報基盤実態調査・令和7年度結果|2026年3月24日|大学のコンピュータ・ネットワーク等に関する全国調査の最新状況を確認。
URL:https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/mext_01610.html
数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアム|数理・データサイエンス・AI(リテラシーレベル)モデルカリキュラム|2024年2月改訂|情報Iを前提とした実データ・実課題演習、必要時の復習、生成AIへの時間配分を確認。
URL:https://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/model_literacy.html
URL:https://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/pdf/model_literacy_20240222.pdf
文部科学省|数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度|リテラシーレベルの制度的位置付けを確認。
URL:https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/suuri_datascience_ai/00001.htm
文部科学省|大学・高専における生成AIの教学面の取扱いについて|2023年7月13日|大学・高専が教育実態や状況変化に応じ主体的に指針を見直す考え方を確認。
URL:https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/2023/mext_01260.html
立教大学|2026年度「ICTリテラシー」シラバス|2026年度|Word、Excel、PowerPoint、Canvas LMSを利用する科目例として確認。
URL:https://sy.rikkyo.ac.jp/web/preview.php?kodo_2=BT052&nendo=2026
工学院大学|2026年度「情報処理入門」シラバス|2026年度|大学メール、Word、Excel、PowerPoint、学修支援システム、Google Workspace等を扱う初年次科目例として確認。

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