愛知・名古屋アジア大会の経済効果が大会後も残るかは、2026年7月31日時点では断定できません。公表されている全国3兆6,831億円、愛知県内1兆8,177億円という生産誘発額は、アジア競技大会とアジアパラ競技大会を合算し、2016年から2036年までの直接効果とレガシー効果を前提にした事前試算です。大会後の利益、税収、純便益を示す最終実績ではありません。
大きな数字に期待する気持ちと、「自分たちの地域に何が残るのか」「維持費や債務はどうなるのか」と確認したい気持ちは両立します。施設が完成した、ホテルが満室になった、観客を無事に輸送したという事実だけでは、効果の追加性や持続性、費用を差し引いた純便益、地域・主体間の分配までは分かりません。
この記事では、経済効果を施設ストック、観光などの経済フロー、移動能力、財政負担、社会的・制度的能力に分解します。そのうえで、2027年、2029年、2031年、2036年に誰でも公開資料から確認できる大会後評価スコアカードを提示します。
経済効果は「総額」ではなく大会後の変化で判定する
愛知・名古屋アジア大会の経済効果が残ったかどうかは、公式試算の生産誘発額に実績値を当てはめるだけでは判断できません。大会後の施設利用、通常期の宿泊・再訪、日常交通の改善、最終的な公費負担、スポーツ・アクセシビリティ・人材の継続を、反実仮想と費用を含めて追う必要があります。
判断条件は四つです。
追加性は、大会がなくても実施された整備、全国的な観光回復、通常の設備更新を除いて、大会によって上乗せされた変化かを問います。愛知国際アリーナのように、大会会場であると同時に長期の施設政策として計画された事業では、建設費や利用者のすべてを大会の追加効果にすることはできません。施設の契約期間は2021年から2055年までで、設計・建設後に約30年間の維持管理・運営が予定されています。
持続性は、開催中だけでなく、1年後、3年後、5年後、10年後にも変化が残るかです。OECDのイベント評価指針も、明確な目標を事前に定め、開催後1年、5年、10年などの縦断的な評価を求めています。
純便益は、利用や消費による便益から、運営費、修繕費、交通混雑、通常客の回避、地域外への支払い、代替消費、基金や土地の別用途を失う機会費用を差し引く考え方です。生産誘発額は取引や生産の連鎖を表しますが、その全額が住民の所得、企業利益、自治体税収、社会全体の純利益になるわけではありません。
分配は、誰が受益し、誰が支払うかを確認する条件です。全国の企業への発注が増えても、愛知県・名古屋市に所得や税収が残るとは限りません。宿泊事業者が利益を得ても、会場周辺住民が混雑や騒音を負担する可能性があります。県内でも名古屋市中心部、分散会場の市町村、競技会場を持たない地域では経験が異なります。
この四条件を、次の五種類の残り方に適用します。
| 残り方 | 大会後に確認する中心事項 |
|---|---|
| 施設ストック | 稼働率、利用の多様性、収支、修繕、公費補填、アクセシビリティ |
| 経済フロー | 宿泊、再訪、滞在時間、観光消費、MICE、地域内調達 |
| 移動能力 | 日常の公共交通、ラストマイル、案内、アクセシブルな移動 |
| 財政負担 | 最終決算、財源、地方債、基金・資産の機会費用、維持更新費 |
| 社会的・制度的能力 | スポーツ参加、人材、ボランティア、国際交流、調達基準、行政連携 |
会計の言葉で言えば、イベント中の支出や観光消費はフローです。大会後に使える施設、情報、運営技術、人材、習慣はストックです。フローが大きくても、ストックに変換されず、一時的な需要で終われば、長期的な経済効果は限定的です。
逆に、短期の支出が公式予測を下回ったとしても、既存施設の利用改善、障害のある人の移動環境、地域クラブ、国際イベント運営人材などが低い追加費用で長く使われれば、事前試算では十分に表現できない公共価値が残る可能性があります。経済効果を一つの金額だけで判断しない理由はここにあります。
公表された経済波及効果だけでは「残るか」を判断できない
公式に公表された最新の経済波及効果は、アジア競技大会単独ではなく、第20回アジア競技大会と第5回アジアパラ競技大会の合算です。分析対象期間は招致決定の2016年から大会10年後の2036年まで、対象地域は愛知県内と全国です。
最新試算では、愛知県内で新たに発生すると想定する需要増加額を、直接的効果5,131億円とレガシー効果1兆1,113億円、合計1兆6,244億円としています。その支出を産業連関表に投入した生産誘発額は全国3兆6,831億円、愛知県内1兆8,177億円です。全国には2020年産業連関表、愛知県内には2015年愛知県産業連関表が使用されています。
直接的効果の需要増加額は、建設関連399億円、大会運営2,581億円、観客・選手等の消費1,352億円、その他の大会関連799億円です。レガシー効果は、スポーツ3,506億円、社会54億円、環境941億円、都市3,185億円、経済3,427億円とされています。
ここで注意すべきなのは、需要増加額、生産誘発額、粗付加価値誘発額、雇用者所得誘発額、雇用誘発数、税収、純便益が別の概念だという点です。
需要増加額は、推計上新たに発生すると置いた支出です。生産誘発額は、その需要に対応する直接生産と、調達先や所得消費を通じて誘発される生産を合計したものです。同じ金額が何度も数えられているという意味ではありませんが、複数段階の取引を足し合わせるため、最終的な利益や手元現金とは異なります。
粗付加価値は、生産額から原材料などの中間投入を除いた概念に近く、賃金、企業所得、減価償却などを含みます。雇用者所得はその一部です。税収は税率や課税主体、利益・所得の所在地によって決まり、生産誘発額に一定率を掛ければ算出できるものではありません。
純便益はさらに別です。大会に関連して得られた便益から、公費、民間費用、維持管理、混雑、通常客の減少、別の政策を実施できなかった機会費用などを差し引く必要があります。OECDも、直接経済効果をイベントによる純増支出として扱い、投入産出分析や乗数分析とは別に、反実仮想を用いる準実験的手法や費用便益分析を組み合わせる必要性を示しています。
過去の名古屋市公表試算では、需要増加額9,210億円、生産誘発額は全国1兆9,395億円、愛知県内1兆900億円でした。内訳は直接的効果1,692億円、レガシー効果7,519億円で、全国・愛知県とも2015年産業連関表を利用していました。
最新値は旧値より大きくなっていますが、これを経済効果が実際に改善したと読むことはできません。事業費、観客・関係者消費、レガシー施策の範囲、対象となる自治体事業、産業連関表の年次など、入力条件が変わった事前推計同士の差だからです。
特にレガシー効果には、スポーツ、環境、都市、産業振興などの広い施策が含まれます。これらの支出や消費が大会を契機に増える可能性はありますが、大会がなくても実施された政策、既に計画されていた都市投資、通常の経済成長まで大会効果に含めていないかは、大会後に個別検証が必要です。
公式試算を否定する必要はありません。大会を契機にどのような需要が生まれ得るか、産業別にどの程度波及し得るかを整理する事前資料として利用できます。ただし、その位置づけは大会後に検証すべき仮説であって、既に実現した成果ではありません。
大会後は、予測値と実績値の単純比較よりも、支出項目ごとの実績、地域内調達率、追加来訪者、通常客の減少、施設の追加利用、比較地域との差を確認する方が重要です。生産誘発額全体を一括して検証するより、推計の入口となった需要が本当に追加的だったかを分解して確かめる必要があります。
施設は建ったかではなく、稼働・収支・修繕まで追う
施設レガシーの判定基準は、建物が残ったかではありません。大会後に追加的な利用と公共価値を生み、その便益が運営、修繕、更新、公費補填を含むライフサイクルコストに見合うかです。
大会会場は、恒久的な新設・建替え、大規模改修、既存施設の活用、仮設施設に分けて見る必要があります。公式会場一覧には、瑞穂公園陸上競技場、愛知国際アリーナ、一宮市総合体育館、岡崎中央総合公園などの恒久施設に加え、金城ふ頭駅前特設コートのような特設会場、東京アクアティクスセンターや浜松市の施設など県外会場も含まれます。
県外会場を利用すれば、愛知県内の新設費を抑えられる場合があります。一方、観客消費、会場使用料、輸送需要の一部は県外に発生します。全国の生産誘発額と、愛知県・名古屋市に残る便益が一致しない一例です。
瑞穂公園陸上競技場整備等事業はPFI方式で行われ、当初の事業契約額は税込546億2,112万5,015円、変更後は税込585億3,459万59円です。設計・建設後、維持管理・運営期間は2041年3月まで続く契約となっています。
この契約では、市によるモニタリング、要求水準を満たさない場合のサービス対価減額、契約終了前の劣化調査や長期修繕計画などが設けられています。したがって大会後評価では、単年の利用者数だけでなく、PFIモニタリング結果、サービス対価、修繕計画、利用者満足度、競技以外の興行、学校・地域団体の利用を追えます。
ただし、利用日数が増えたから成功とは限りません。旧施設で行われていた大会や、他の市内施設から移転したイベントは、地域全体では需要の移し替えかもしれません。新規の国際大会、コンサート、地域利用がどれだけ増えたかを、既存施設の利用減少と合わせて測る必要があります。
愛知国際アリーナの特定事業契約は、契約額が税込199億9,910万円、契約期間が2055年3月までです。設計・建設後、2025年度から長期の維持管理・運営に移る官民連携事業で、スポーツ、コンサート、式典、コンベンションなどの利用を想定しています。
同施設は2026年大会で利用されますが、事業期間と用途は大会を大きく超えています。したがって、建設費や大会後の全利用を大会が生み出した効果とするのは適切ではありません。大会がなければ開業時期、規模、仕様、アクセシビリティ、誘致営業がどの程度違ったかを検証する必要があります。
契約上は施設引渡し後15~20年を目安に大規模修繕が想定されています。長期評価では、運営初期の黒字・利用者数だけでなく、大規模更新、休館、設備陳腐化、周辺施設との競合を含めなければなりません。
施設ごとの主要指標は、年間利用日数、時間帯別稼働率、観客・利用者数、スポーツ以外の利用、使用料・興行収入、運営費、公費支出、修繕費、将来更新費です。さらに、障害のある人、学校、地域クラブが予約・料金・移動面で実際に利用できるかも公共価値の一部です。
アクセシビリティについて、組織委員会は両大会共通のガイドラインを策定し、恒久改修が難しい場合には、仮設設備、専用車、ボランティア支援などで水準を確保する方針を示しています。
ここでは、恒久設備と大会時だけの対応を分ける必要があります。仮設スロープや臨時スタッフが大会後に撤去・解散されれば、大会開催には必要でも施設ストックとしては残りません。反対に、動線、トイレ、観客席、案内、予約システムが恒久化されれば、通常利用者にも便益が残ります。
施設レガシーの成功条件は、追加的な利用、用途の多様化、利用機会の公平性、適切な維持管理が同時に続くことです。失敗条件は、利用者数が目標に届かないことだけではなく、利用が他施設からの移転にとどまる、公費補填や修繕が想定を上回る、地域利用が制約される、アクセシビリティが大会時だけで終わる場合です。
観光は大会中の満室より、再訪・宿泊化・地域内周遊を見る
観光効果を判定する中心指標は、大会期間中の宿泊者数や客室稼働率ではありません。大会後の通常期に、宿泊、滞在時間、消費、再訪、県内周遊、MICE誘致が比較地域や全国傾向を上回って続くかです。
名古屋市の2024年調査では、観光入込客延べ人数は約5,467万人、推計実人数は約3,328万人でした。宿泊客の延べ人数は約1,374万人、実人数は約1,066万人、外国人延べ宿泊客数は約369万人です。観光総消費額は推計6,498億円、宿泊客1人当たり消費額は4万7,364円とされています。
2019年は、観光入込客延べ人数約7,299万人、推計実人数約4,999万人、延べ宿泊客数約1,016万人、宿泊客実人数約712万人、外国人延べ宿泊客数約225万人でした。2024年は宿泊指標が2019年を上回る一方、観光地点の延べ・実人数は2019年を下回っています。
ただし、この差を単純な成長・衰退と読むこともできません。2024年調査から観光地点のカテゴリー分類が変更され、調査地点数も年によって変わります。観光庁の共通基準も改定されているため、大会前後では同一定義の系列を再構成する必要があります。
大会中は、選手、役員、メディア、観客の宿泊と消費が発生します。一方で、価格上昇、混雑、予約困難を理由に通常の出張客や観光客が時期をずらす可能性があります。大会関係者の延べ宿泊数をそのまま純増とせず、通常需要の前後月への移動とキャンセルを確認すべきです。
必要なのは月次・日次データです。大会開催月だけでなく、前年同月、2016~2019年の同月、2023~2025年の通常月、比較都市の動きを並べます。客室稼働率だけでなく、平均客室単価、客室収入、延べ宿泊者、実宿泊者、宿泊日数を使うことで、「価格が上がったのか」「人数が増えたのか」「滞在が長くなったのか」を分けられます。
外国人宿泊者の増加を大会効果とする場合には、全国の訪日客数、国・地域別の回復、為替、航空座席数、中部国際空港の国際線利用、査証・航空政策を統制する必要があります。中部国際空港は月次・年度別の旅客実績を公開しており、観光庁の宿泊旅行統計、JNTOの訪日外客統計と組み合わせられます。
再訪意向だけでなく、実際の再訪を追うことも重要です。大会中の来訪者アンケートで、居住地、初訪問か、宿泊数、訪問地域、消費、再訪意向を把握し、その後、同意を得たパネル調査や国・地域別宿泊統計で再訪行動を確認します。意向は実行と一致しないため、3年後、5年後に実績で確かめる必要があります。
県内分散も評価対象です。名古屋市の宿泊だけが増え、分散会場の地域では日帰り通過に終われば、県全体への効果は偏ります。競技会場、市町村、宿泊地、観光地点の組み合わせを調べ、尾張、知多、西三河、東三河などへの周遊と宿泊化を確認します。
大会後の国際会議、展示会、スポーツ大会の誘致も持続的な観光フローになり得ます。ただし、誘致件数ではなく、開催件数、参加者宿泊数、地域内調達、閑散期への寄与を測る必要があります。既存の催事が大型施設へ移っただけなら、都市全体での追加性は限定されます。
観光レガシーの成功条件は、大会後の通常期に、宿泊日数、消費単価、地域内周遊、実際の再訪、MICEの追加開催が、全国・比較都市の変化を超えて数年間続くことです。大会月だけの満室、宿泊価格上昇、関係者宿泊は開催効果ではあっても、それだけでは長期レガシーではありません。
交通レガシーは臨時輸送が日常の利便性へ変わったかで決まる
交通レガシーの判定基準は、大会期間中に選手と観客を無事に輸送できたかだけではありません。大会後も、公共交通、乗換え、ラストマイル、多言語案内、アクセシブルな移動が改善し、住民・物流への負の影響が恒常化していないかです。
愛知県の会場アクセス方針は、公共交通を基本とし、会場によってシャトル輸送などを組み合わせるものです。競技は名古屋市内だけでなく県内各地や県外でも行われるため、鉄道駅から会場までのラストマイルが重要になります。
組織委員会の2026年度事業計画には、バス、運転手、運行管理、輸送デポの運営と大会後の撤去が含まれています。これらは大会実施に必要な一時的能力ですが、デポや専用バスが撤去されるなら、その費用を恒久的な交通ストックとは評価できません。
名古屋市交通局の2024年度実績では、市バスの1日平均乗車人員は約31万人、地下鉄は約126万人でした。大会前の基準値として使えますが、2020~2022年を含む単純なトレンドではなく、2016~2019年と2023~2025年を別系列として比較すべきです。
大会中は、シャトル、パーク・アンド・ライド、交通規制、専用車両、臨時案内員などが導入される可能性があります。これらを「大会時運用」と「恒久改善」に分類します。
恒久改善の候補は、駅・停留所の段差解消、エレベーター、案内サイン、多言語情報、リアルタイム運行情報、バリアフリールート、乗換え案内、運転士・駅員の対応手順です。一時対応は、専用シャトル、臨時駐車場、交通規制、仮設デポ、イベント時だけの案内員です。
アクセシビリティ・ガイドラインは、恒久整備を働きかけつつ、難しい場合は仮設・ソフト対応で水準を確保するとしています。大会後評価では、ガイドラインを満たしたかだけでなく、どの設備・サービスが恒久化され、誰が維持費を負担し、日常運用に組み込まれたかを確認する必要があります。
輸送量が増えても、混雑率、定時性、乗換え時間が悪化すれば住民便益は減ります。大会期間中には、道路旅行速度、バス遅延、物流配送時間、救急移動、交通事故、違法駐車、騒音、排出量を測り、通常期との差を公表する必要があります。
交通事業者の収入増も純便益とは限りません。臨時運行、人件費、警備、案内、車両調達、混雑対応費を差し引く必要があります。輸送費が大会予算から補填される場合、運賃収入と公費支出を二重に便益として扱わないことも重要です。
大会後1年には、臨時対応のうち何が終了し、何が残ったかを棚卸しします。3年後には、恒久設備の利用状況、乗換え時間、障害のある人の移動経験を調査します。5年後には、設備の維持状況と通常運行への定着、10年後には更新費と利用行動の変化を評価します。
交通レガシーが残ったと言えるのは、イベント時の危機対応や多機関連携が通常の運行計画に組み込まれ、住民、来訪者、障害のある人にとって日常の移動選択肢が改善した場合です。輸送事故がなかったことは重要な成果ですが、それだけでは長期的な経済効果とは別です。
自治体負担は大会経費だけでなく、大会後の支払いまで見る
自治体負担を評価するには、開催時の大会経費だけでなく、施設契約、撤去、修繕、地方債の償還、基金・資産の機会費用まで追う必要があります。財源を確保したことと、住民負担がないことは同じではありません。
2025年12月に公表された両大会合算の大会経費見通しは2,980億円です。内訳は、当初のアジア競技大会計画850億円、新たな財源500億円、アジアパラ競技大会350億円、財源増25億円、国の支援150億円、残る県・市負担1,105億円と整理されています。
新たな財源500億円には、愛知県競馬組合からの分配金や土地売却等378億円、協賛公営競技21億円、宝くじ・toto・競馬関係寄附100億円が含まれます。国の支援150億円は、補正予算による136億円と手数料免除等14億円です。
県・市負担1,105億円のうち、公式資料は愛知県分を737億円と示しています。単純な差し引きでは名古屋市側は368億円になりますが、これは記事上の算術値であり、各年度の支出済み額、最終決算、施設関連費を含む市の総負担を表すものではありません。
競馬分配金、宝くじ、toto、土地売却、国費は、一般財源の税金と性質が異なります。しかし、無料の資金ではありません。土地を売却すれば将来利用や賃貸収入を失い、公営競技収入や宝くじ収益を使えば他の公共目的に使う余地が減り、国費は国全体の納税者等が負担します。
基金の取り崩しも同様です。基金は将来の財政需要や収入変動に備える資産であり、使った時点で現金支出がなくなるわけではありません。大会後評価では、取り崩し額だけでなく、基金を回復させるための後年度負担、災害・福祉・施設更新など他用途との関係を確認します。
名古屋市の財政運営資料では、2026年度当初予算のプライマリーバランスは775億円の赤字、財政調整基金の年度末見込みは36億円とされています。ただし、これを大会が原因と解釈することはできません。大型施設整備など複数の投資的経費が集中する予算全体の数値であり、大会関連支出だけを分離する必要があります。
また、組織委員会の年度別収支予算、2,980億円の大会経費見通し、県市の一般会計予算、PFI契約額は同じ定義ではありません。2026年度の組織委員会収支予算では、経常費用計が3,313億5,672万円となっていますが、開催都市事業や建物・設備・ソフトウェアなどの除却損を含む公益法人会計上の年度費用です。2,980億円の現金ベースに近い大会経費見通しと直接比較して「超過」と判断することはできません。
この違いは、予算、契約、支出、会計費用、決算を区別する必要性を示します。最終的には、組織委員会の清算まで含む最終財務諸表、愛知県・名古屋市の決算、契約変更、国庫支出、他自治体負担を突合する必要があります。
大会後に残る財政負担には、瑞穂公園のPFIサービス対価、愛知国際アリーナ等の維持更新、仮設施設撤去、備品処分、システム終了、訴訟・精算、地方債の元利償還などがあります。大会経費の最終決算が予算内でも、恒久施設の更新や運営補填が長期に増えれば、純便益は低下します。
反対に、施設使用料、イベント開催、追加宿泊、地域所得から地方税や税外収入が増える可能性があります。ただし、税収は公表された生産誘発額と同額ではなく、既存需要からの移転、課税地、税率、控除、納税主体によって変わります。
分配を見るときは、受益者と負担者を分けます。全国の来訪者が施設を利用し、愛知県・名古屋市が維持費を負担する構造、名古屋市内に観光便益が集中し、県内広域で財源を負担する構造、将来世代が地方債を償還する構造がないかを確認します。
財政面の成功は資金を集められたことではありません。最終費用と長期費用を公開し、便益を過大計上せず、負担が特定地域・世代に偏らず、他の行政サービスとの機会費用を含めても説明可能であることです。
レガシーは感動の有無ではなく、制度と行動の継続で測る
社会的レガシーは、感動、誇り、記憶を否定せず、それらが制度、予算、人材、利用行動へどうつながったかで評価します。一度参加した人数や大会直後の好意的な意識だけでは、持続性を判断できません。
愛知県スポーツ推進計画2023-2027では、計画策定時の県民の週1回以上のスポーツ実施率を56.3%とし、成人70%、障害者40%を目標に掲げています。大会は目標達成の契機になり得ますが、目標自体は大会以前から存在する県の政策です。達成分のすべてを大会効果とすることはできません。
大会後には、県全体の実施率だけでなく、年代、性別、障害の有無、所得、地域別に変化を確認します。新しい施設があっても、料金、予約、移動、情報、指導者不足が障壁なら、参加は広がりません。施設利用者数の増加と、住民全体のスポーツ参加の改善は別の指標です。
国全体では、2025年度調査の成人週1回以上のスポーツ実施率は51.7%、障害のある成人は35.0%でした。愛知県の変化を評価するときは、全国的な増減を差し引き、大会開催地域だけに追加的な伸びがあったかを検討できます。
ボランティア計画では、両大会合計で約4万人、うちアジア競技大会約2万8,000人、アジアパラ競技大会約1万2,000人が想定されています。参加人数は大会運営上の成果ですが、レガシー評価では、大会後も地域スポーツ、国際交流、災害支援、観光案内などに参加している割合を追う必要があります。
通訳、審判、会場運営、医療、アクセシビリティ支援、危機管理の経験も、名簿が保存されただけでは能力になりません。継続研修、活動機会、受入団体、連絡体制、予算が残って初めて制度的ストックになります。
アクセシビリティ・ガイドラインは、両大会の会場だけでなく、大会に直接関わらない施設や地域にも自主的な整備を広げ、共生社会のレガシーにつなげる考えを示しています。
評価すべきなのは、ガイドラインを作成した事実ではなく、公共施設、交通、宿泊、ウェブサイト、チケット、案内、災害情報などの通常基準に組み込まれたかです。大会終了後に担当部署、相談窓口、改善予算がなくなれば、制度化は限定的です。
持続可能性に配慮した調達コードは、環境、人権、労働、公正な事業慣行、地域経済などを対象としています。大会後には、地元・中小事業者の受注額、再委託を含む支払先、備品の再利用、廃棄物、温室効果ガス、苦情処理の実績を公開し、行政や民間の通常調達へ基準が引き継がれたかを確認します。
都市ブランドや住民の誇りは、金額化しにくくても無視すべきではありません。代表性を確保した住民調査、自由回答、地域別・属性別の分析を行い、好意、帰属意識、国際交流への関心が一過性か持続的かを追えます。
ただし、誇りが生まれたという理由だけで、費用検証を免除することもできません。金額化しにくい価値は、無価値でも無限の価値でもありません。費用、受益者数、代替政策、持続期間と併記する必要があります。
社会的レガシーが残ったと言えるのは、大会後も担当主体、予算、公開指標、活動機会があり、人々の参加・利用・行動が継続した場合です。大会で経験したことと、地域の標準になったことを分けるのが重要です。
大会後評価スコアカード:何が残れば成功と言えるのか
大会後評価は、一つの合計点より、分野別に「改善」「維持」「悪化」「判定不能」を示す方が透明です。効果が大きくても費用がさらに大きい分野、全体平均は改善しても特定地域の負担が増えた分野を、単一スコアで相殺しないためです。
以下は2026年7月31日時点の追跡表です。2026年実績、翌年以降の欄は未確定であり、数値を補っていません。
| 指標 | 基準値 | 2026実績 | 1年後・2027 | 3年後・2029 | 5年後・2031 | 10年後・2036 | データ源 | 判定基準 | 注意点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 瑞穂公園陸上競技場の年間利用日数・稼働率 | 建替え前2016~2019年を再取得 | 開催後に取得 | 通年初年度 | 3年平均 | 5年平均 | 契約中期評価 | 名古屋市PFIモニタリング、施設年報 | 新規利用が増え、他施設からの移転だけでない | 休場期間、開業初年度効果を調整 |
| 瑞穂公園の運営費・公費負担・修繕 | PFI契約・変更契約、従前施設費 | 未公表 | サービス対価・収入 | 修繕実績 | 累積純費用 | 更新見通し | 市決算、PFIモニタリング | 追加公共価値が長期純費用に見合う | 契約額と年度費用を混同しない |
| 愛知国際アリーナの利用・収支 | 2025年度開業期 | 大会利用を分離 | 通年利用 | 興行構成・稼働 | 修繕・競合 | 大規模修繕前評価 | 県モニタリング、運営会社資料 | 新規の国際大会・興行・地域利用が定着 | 他施設からの移転を控除 |
| 恒久的なアクセシビリティ改修 | 大会前施設調査 | 今後取得 | 残置率 | 利用者評価 | 修繕・標準化 | 更新・継続 | 組織委、県市、交通・施設管理者 | 仮設でなく通常利用に残り、利用障壁が減る | 設置件数だけでなく利用経験を見る |
| 名古屋市の延べ宿泊客数 | 2019年1,016万人、2024年1,374万人 | 開催月・年間未公表 | 2027年年間 | 3年平均 | 5年平均 | 10年推移 | 名古屋市調査、観光庁 | 全国・比較都市を上回る通常期の純増 | 調査定義・コロナ・為替を調整 |
| 外国人延べ宿泊客数 | 2019年225万人、2024年369万人 | 未公表 | 国・地域別 | 再訪分析 | 航空便と比較 | 長期構成変化 | 名古屋市、観光庁、JNTO、空港 | 大会参加国等からの再訪が追加的に続く | 全国の訪日回復を大会効果にしない |
| 観光消費・滞在・周遊 | 2024年市内総消費6,498億円、宿泊客単価4万7,364円 | 未公表 | 通常期比較 | 県内周遊 | MICE・再訪 | 長期消費 | 県市調査、来訪者追跡 | 実質消費、滞在、県内周遊が持続 | 物価上昇と名目増を分ける |
| 市バス・地下鉄利用とサービス | 2024年度、市バス31万人/日、地下鉄126万人/日 | 未公表 | 反動確認 | 路線・乗換え | 定着確認 | 更新評価 | 名古屋市交通局 | 利用、定時性、乗換え、収支が改善 | 通勤・人口・運賃改定を統制 |
| 大会用輸送の恒久化 | 輸送計画・大会前設備 | デポ・シャトル等実績 | 残置一覧 | 通常運用 | 維持費 | 更新状況 | 組織委、県市、事業者 | 案内・設備・運用知識が日常化 | 撤去された臨時設備はストックに含めない |
| 混雑・物流・住民移動負担 | 大会前同月の速度・遅延・事故 | 未公表 | 事後検証 | 恒常化確認 | 都市交通比較 | 長期影響 | 道路交通、バス、警察、物流調査 | 負の影響が一時的で、恒常化しない | 苦情件数だけでは実態を表さない |
| 両大会の最終経費 | 最新見通し2,980億円 | 暫定値を取得 | 決算見込み | 清算後決算 | 監査反映 | 長期費用集計 | 組織委、県、市、国 | 定義を統一し、予算差と理由を公開 | アジア大会単独に分離不能な場合は明記 |
| 県市負担・財源・地方債 | 県市残余負担1,105億円、うち県737億円 | 支出済み額未確定 | 財源別実績 | 償還・基金 | 累積負担 | 元利・機会費用 | 県市決算、財政状況資料 | 長期費用と増収を主体別に説明可能 | 国費・土地売却・基金を無コスト扱いしない |
| 施設の大会後費用 | 各PFI・運営権契約 | 未公表 | 初年度 | 修繕・補填 | 累積費用 | 更新費 | 契約、モニタリング、決算 | ライフサイクル純費用が想定範囲 | 大会経費外の関連整備も別表化 |
| 成人・障害者スポーツ実施率 | 県計画策定時成人56.3%、目標成人70%・障害者40% | 今後取得 | 反動確認 | 属性別変化 | 行動定着 | 長期推移 | 県調査、スポーツ庁 | 全国傾向を超える参加増が持続 | 既存政策の効果と分離 |
| ボランティア・運営人材の継続 | 両大会計画約4万人 | 実参加者未確定 | 継続率 | 活動件数 | 組織定着 | 人材継承 | 組織委、県市、受入団体 | 継続活動、研修、予算、受入先が残る | 登録者数と実参加者を分ける |
| 調達・環境・制度の定着 | 調達コード、ガイドライン | 契約・廃棄実績未確定 | 備品再利用 | 通常調達採用 | 事業者定着 | 制度更新 | 組織委、県市、契約・苦情資料 | 地域調達、人権・環境基準が通常制度に残る | 直接契約だけでなく再委託を確認 |
2027年は、大会直後の反動と、臨時対応が残ったかを確認する年です。最終経費の暫定値、施設の初年度稼働、宿泊の反動、シャトル・案内の終了、ボランティアの継続先を調べます。
2029年は、開業効果や大会の記憶が薄れた後の定着を確認します。施設の3年平均、観光再訪、MICE、アクセシビリティの通常化、運営人材の活動を重点的に見ます。
2031年は、維持管理、修繕、設備更新、利用行動の変化が表れ始める時点です。施設の累積収支、公費補填、地方債償還、スポーツ参加の属性別変化を確認します。
2036年は、公式経済波及効果試算の対象終期です。2016年からの全支出を単純合計するのではなく、実質価格、資産の残存価値、維持更新費、地域別・主体別の便益を整理して総合評価します。
中心仮説への反論もあります。第一に、追加性を厳密に立証できなくても、計画を前倒しし、関係者を動かした「触媒効果」はあり得ます。その場合は、全事業費を大会効果にするのではなく、前倒し期間、仕様変更、連携促進の部分を限定して評価します。
第二に、利用率や収支が低くても、災害対応、包摂、国際交流など、利用頻度だけでは測れない保険的・社会的価値があります。これらは住民調査、利用可能性、代替手段の有無を併記して評価すべきで、金額換算できないことを理由に無視も無制限に肯定もしません。
第三に、特定施設が赤字でも、都市全体の便益が費用を上回る可能性があります。しかし、その場合も、赤字の負担主体と、周辺消費や社会便益の受益者が異なることを明示する必要があります。
現時点で判定できるのは、公式試算の定義、現行の大会経費見通し、契約期間、評価に使える基準データ、事後に必要な指標です。経済効果が残ったか、施設が公費に見合うか、観光客が再訪するか、最終負担がいくらかは、まだ判定できません。
最終的な結論は、レガシーは開催すれば自動的に残る資産ではないということです。大会後の担当部署、予算措置、施設運営、データ公開、独立的な評価があって初めて、一時的な支出が長期的な地域能力へ変わります。
大会のレガシーを決めるのは、開催時の華やかさでしょうか。それとも大会後10年間、測定し、修正し、使い続ける意思でしょうか。
よくある疑問Q&A
Q.経済波及効果は税収と同じですか。
同じではありません。生産誘発額は、直接需要と調達・所得消費を通じて誘発される生産を示すもので、企業利益、雇用者所得、税収、純便益とは別です。最新の全国3兆6,831億円、愛知県内1兆8,177億円は生産誘発額であり、自治体の収入見込みではありません。
Q.公表された数字はアジア大会単独ですか。
いいえ。最新の大会経費2,980億円と経済波及効果は、第20回アジア競技大会と第5回アジアパラ競技大会の合算です。分離できない数字をアジア大会単独の費用・効果として表示すべきではありません。
Q.施設が残ればレガシーと言えますか。
建物が存在するだけでは不十分です。追加利用、地域・学校・障害のある人の利用、運営収支、修繕、大規模更新、他施設との競合を長期的に確認する必要があります。
Q.観光客増加はいつ確認できますか。
大会月の増加は2026年中から確認できますが、長期的な観光レガシーは2027年以降の通常期、2029年の再訪、2031年のMICE・周遊、2036年までの持続性で判定します。全国的な訪日回復、為替、航空便、他イベントを調整する必要があります。
Q.自治体負担は何を見ればよいですか。
大会経費の最終決算だけでなく、国・県・市・組織委員会・他自治体・民間の負担区分、基金、地方債、土地売却、公営競技収入、PFIサービス対価、撤去費、修繕・更新費を見ます。財源の種類が税金と異なっても、機会費用がなくなるわけではありません。
Q.大会前に成功・失敗を判断できますか。
できません。現時点では、計画、予算、契約、事前試算、評価体制の妥当性を評価できますが、最終経費、観客数、施設稼働、再訪、制度定着は大会後の実績です。
Q.住民の誇りや感動はどう評価しますか。
代表性のある住民調査、属性・地域別分析、自由回答、継続調査で評価します。金額化しにくい価値を無視しない一方、その存在だけで費用や分配の検証を省略しません。
Q.全国の経済波及効果が大きければ、愛知県・名古屋市も得をしますか。
必ずしもそうではありません。県外企業への発注、県外会場、地域外での宿泊・調達は全国の生産を増やしても、愛知県・名古屋市に所得・税収・施設価値が残るとは限りません。
Q.既存施設を活用すれば負担は小さくなりますか。
新設を減らせる可能性はありますが、改修、仮設、輸送、警備、アクセシビリティ対応、原状回復などの費用が発生します。既存施設活用という方針と、最終的なライフサイクルコストは別に確認する必要があります。
参考
公益財団法人愛知・名古屋アジア・アジアパラ競技大会組織委員会(2024年3月)「第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)開催基本計画 Ver.2」同組織委員会、https://www.aichi-nagoya2026.org/assets/file/tournament/file94_2.pdf、閲覧日:2026年07月31日。
公益財団法人愛知・名古屋アジア・アジアパラ競技大会組織委員会(2026年3月30日)「第53回理事会資料」同組織委員会、https://www.aichi-nagoya2026.org/assets/file/committee/conference/director/53_siryo.pdf、閲覧日:2026年07月31日。
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公益財団法人愛知・名古屋アジア・アジアパラ競技大会組織委員会(公表日未確認)「ボランティア計画」同組織委員会、URL未確認、閲覧日:2026年07月31日。
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