縄文人はなぜ歯を抜いたのか――抜歯から見える成人・婚姻・集団

健康な歯を、病気でもないのにわざわざ抜く。縄文時代の人骨に残る「風習的抜歯」は、現代の私たちには強い違和感を与えます。しかも抜かれたのは、切歯や犬歯など口を開けば目につきやすい前歯部でした。後期・晩期の一部の墓地では、こうした抜歯が偶然とは考えにくい規則性をもって現れます。

では、なぜ抜いたのでしょうか。現時点での答えは、一つの理由では説明できない、です。年齢と抜歯を結びつけ成人への移行を考える研究があり、抜歯型から婚姻・婚後居住を復元しようとした研究もあります。しかしストロンチウム同位体分析は、特定の抜歯型をそのまま「地元出身者」「婚入者」とみなす単純な図式を支持しませんでした。

さらに、抜歯型は食生活と対応する場合があり、同じ遺跡でも時期によって変わります。古代DNA研究は、墓で密接に並んだ2人さえ必ずしも母子ではないことを実証しました。つまり抜歯研究の面白さは、「結婚すると犬歯を抜いた」という一言の答えではなく、歯・骨・墓・年代・同位体・DNAという別々の証拠を重ね、文字のない社会をどこまで復元できるかを試すところにあります。 

縄文人はなぜ歯を抜いたのか――まず分かっていること

最初に押さえたいのは、縄文人全員が抜歯していたわけではないことです。抜歯の様式や頻度には時期差・地域差があり、日本で特に複雑な抜歯が目立つのは後期から晩期の人骨資料です。HanとNakahashiによる日中比較でも、日本列島では後期・晩期に抜歯が広くみられ、中国の先史例より抜歯する歯の組み合わせが複雑だったことが整理されています。

そこから「成人儀礼」「婚姻」「出自集団」などが提案されました。しかし、直接観察できるのはあくまで「どの歯が生前になくなっているか」「どの程度治癒しているか」「どこに埋葬されたか」です。婚姻や親族組織は、それらの分布に規則性を見いだしたうえで導かれた社会的解釈です。

したがって「縄文人はなぜ抜歯したのか」という問いには、証拠の強さを分けて答える必要があります。一部の抜歯が人生段階の移行と関係したという説は重要です。追加的・類型的抜歯が社会集団、性、婚姻、生業などと結びついた可能性もあります。ただし一つの型に一つの意味を固定する証拠はなく、近年の研究ほど時間的・地域的な変化を重視しています。 

骨になっても分かる「わざと抜いた歯」――風習的抜歯とは何か

埋葬後に歯が抜け落ちることと、生前に歯を失うことは異なります。生前に歯が失われると、その後の治癒過程で歯を支えていた歯槽が吸収・改変されます。2025年の川地貝塚研究でも、欠損部に部分的または完全な歯槽骨吸収がみられる歯を生前の抜歯として記録しています。

逆に死後脱落なら、歯槽が生前の治癒反応を示しません。Takenakaらの津雲・吉胡資料の研究では、歯根片が残った例と死後に歯根片が失われた歯槽を区別して観察しており、歯がないという一事だけで儀礼的抜歯と診断しているわけではありません。

ただし、生前喪失だからといってすべてが風習的抜歯とも限りません。病的喪失や外傷の可能性を除外し、さらに左右対称性、抜かれる歯種、同じ集団内での反復などをみて文化的パターンかを判断します。したがって意図的な文化行為という診断にも比較が必要です。

用語については、英語論文の ritual tooth ablation に対して「風習的抜歯」「儀礼的抜歯」などが使われます。本記事では、病気の治療とは別に文化的・社会的文脈で行われたと判断される生前抜歯を「風習的抜歯」と総称します。「歯牙変工」はより広い概念で、歯そのものを抜かず形を加工する削歯・研歯も含み得ます。縄文晩期に知られる叉状研歯は、歯を欠損させる抜歯とは別種の身体改変です。

後期・晩期東海地方で頻繁に使われる表記では、4I型は下顎の切歯4本を抜く型、2C型は下顎の犬歯2本を抜く型、4I2C型はその組み合わせを指します。2025年の川地研究もこの定義で春成分類を用いています。ただし実際の個体には上顎側切歯など別の抜歯が加わることがあり、「4I」「2C」の記号だけでその人の全歯列や社会的意味を表せるわけではありません。

Takenakaらが津雲27個体、吉胡22個体、計49頭蓋を調べた研究では、5例に抜去後の残根が確認されました。著者らは、少なくとも一部で歯を完全に抜ききれない外傷的な除去が行われた可能性を論じていますが、これは特定の器具や手順を直接発見したという意味ではありません。 

最初の抜歯は「大人になる印」だったのか

成人儀礼説が長く重視されてきた理由の一つは、抜歯を単にどの歯がないかではなく、いつ抜かれたのかから考える研究が進んだからです。舟橋京子は2003年、晩期西日本の人骨を対象に「縄文時代の抜歯施行年齢と儀礼的意味」を研究し、成人儀礼・通過儀礼との関係を明示的に検討しました。

ここで注意したいのは、先史社会で、どの身体的・社会的条件が一人前の成員への移行を意味したのかは文字資料から分かりません。「成人儀礼説」とは、特定の年齢段階で繰り返し生じる身体改変を、社会的地位の移行に関係する通過儀礼として解釈する仮説です。

また、抜歯が一度だけとは限らない点も重要です。古人骨では、異なる歯種の欠損が重なり、複数段階の抜歯を想定する研究があります。ここから最初の抜歯と後に追加された抜歯の意味を分ける考え方が生まれます。初回が若者から一定の社会的段階への移行に関係していても、後の抜歯まで同じ理由だったとは限りません。

成人への移行に関連したという説は有力な研究テーマでありますが、全国共通の成人年齢や、すべての抜歯が一回の成人式だったことが確認されているわけではありません。

歯並びから結婚相手の出身地まで分かる?――婚姻説が生まれた理由

抜歯研究を一気に縄文社会論へ押し広げたのが、春成秀爾らによる研究です。春成は1973年の「抜歯の意義」で抜歯と集団関係を論じ、1979年には「縄文晩期の婚後居住規定」を発表しました。

発想の核は魅力的です。同じ墓地に埋葬された人々の中で抜歯型が複数に分かれ、性や埋葬状況と一定の組み合わせを示すなら、一方をその共同体で生まれた人、他方を婚姻で外から入った人と解釈できるのではないか。そこから、男性・女性のどちらが婚後に移動したのかという婚後居住規定まで復元しようとしたのです。

Tanakaが伊川津・津雲人骨を用いて春成仮説を再検討した研究では、春成説は2C型・4I型と外婚・出自を関連づけていたと整理されています。Tanakaは歯冠計測や頭蓋の非計測形質を使って生物学的類縁性を検討し、伊川津・津雲では男性・女性の双方に近縁と考えられる個体が含まれ、男女とも出身共同体に残り得る双処的な婚後居住の可能性を論じました。

重要なのは、これは婚姻説が全部間違いだったという単純な話ではないことです。Tanaka自身、伊川津の特殊な集積埋葬については解体された人骨の対応関係のため、春成の2C型外来者仮説を個体単位で完全検証できない部分があるとしています。

つまり研究史上の進歩は、抜歯型から婚姻を考えるという問いを捨てたことではありません。抜歯型だけで出身地を決めるのではなく、独立した生物学的・地球化学的証拠で確かめる必要があると分かったことにあります。

同位体分析が変えた縄文人の抜歯像

この問題に強い検証力をもたらしたのがストロンチウム同位体です。歯のエナメル質に取り込まれるストロンチウム同位体比は、成長期に摂取した水・食物や地域の地質環境などを反映するため、埋葬地周辺の生物利用可能ストロンチウムと比較することで、その人が成長期に異なる地質圏で生活した可能性を検討できます。ただし同位体値から「○○村生まれ」と一点指定できるわけではなく、海産資源の影響なども評価しなければなりません。

2009年の日下宗一郎らの研究は、従来、地元民と婚入者の標識とされた4I型・2C型をストロンチウム同位体で直接テストしました。その結果、同位体的に識別された移住者は両方の抜歯型に含まれ、従来の一対一対応を支持しませんでした。ここが「4Iなら地元、2Cなら婚入者」といった説明を現在そのまま書けない最大の理由の一つです。

さらに稲荷山では、話が別方向へ広がりました。炭素・窒素安定同位体から食生活を調べた2008年研究では、4I型の男性は相対的に陸上資源への依存が高く、2C型男性は海産資源への依存が高い傾向が確認されました。著者らは、4I型男性が狩猟、2C型男性が漁労により関与した可能性を提示しています。これは興味深い結果ですが、「4I=猟師、2C=漁師」という職業制度が証明されたわけではなく、著者自身も可能性として提示しています。

2011年の稲荷山研究では、移住判定後の地元個体の中でも4I型と2C型のストロンチウム値に差があり、それぞれ陸上・海産資源の利用差と整合する結果が得られました。つまり同じ抜歯型の違いが出生地より、生活史・食物獲得活動の差と関係していた可能性が出てきたのです。

保美・伊川津でもストロンチウム分析は続いています。2022年研究では保美の単独埋葬と盤状集積墓の歯のエナメル質に同位体差が確認され、集積墓の人々の出自や移動を考える材料が増えました。これは特殊な墓を単純に同じ血縁者だけの墓とみなすことへの注意を促します。

歯冠計測も同じ方向の慎重さを求めます。保美貝塚の2022年研究では、盤状集積墓内部に一定の近縁性が予測された一方、その程度は近隣の縄文遺跡間でもほぼ同程度に観察されました。したがって同じ集積墓だから、他者より特別に近い血縁集団と単純には言えません。

古代DNAはさらに直接的な検証手段ですが、抜歯型そのものを全国規模でDNA親族関係と結びつけられる段階にはありません。伊川津では、成人女性IK002の胸腹部上に幼児IK001が葬られた配置から母子関係が想定されていましたが、2022年の完全ミトコンドリアDNA解析では両者が異なる母系に属し、母子ではないことが確認されました。父系など別の血縁関係まではこの結果だけで否定できません。

この例は抜歯を直接検証したものではありませんが、方法論的には決定的です。墓の位置、抜歯型、身体形質などから作った社会仮説と、生物学的親族・移動は別々に検証しなければならないからです。

仮説当初の主な根拠後続研究現在安全に言える範囲
成人への移行施行年齢、反復する抜歯年齢研究一部の抜歯が人生段階と関係した可能性
婚姻・婚後居住抜歯型の分布、男女差、墓歯冠計測・Sr同位体婚姻仮説は重要だが型=婚入者は未支持
出自・移動4I/2Cの区分Sr同位体両型に移住者がおり一対一対応しない
生業・食生活抜歯型と性C・N、Sr同位体稲荷山男性で型と資源利用に相関
親族・墓集団同じ墓域・集積墓歯冠計測・古代DNA埋葬のまとまり≠自動的に近親関係

抜歯は「身体に残った社会の履歴」だったのか

最新研究ほど重要になっているのが「時間」です。2025年、日下宗一郎・山田康弘は川地貝塚の20人骨について炭素・窒素同位体と放射性炭素年代を組み合わせ、中期末から後期・晩期、さらに弥生移行期にまたがる変化を分析しました。

そこで確認されたのは、抜歯型が一貫していなかったことです。早い段階では上顎側切歯などの抜歯がみられ、後期後半以後に2C型が現れ、4I2C型はさらに後の段階にも確認されました。著者らは川地を「単一遺跡の中で抜歯パターンの移行を示す稀な例」と評価しています。

同論文がまとめた稲荷山の年代変化も示唆的です。男性では4I型から2C型へ、女性では4I型から4I2C型へ変化する傾向が報告されており、抜歯型と性の関係そのものが時代を通じて不変だったわけではありません。

「4Iとは何を意味したか」「2Cとは何を意味したか」と辞書のように一つの答えを付けるより、いつ、どこで、どの性・年齢層に、何と一緒に現れたかを問う方が、現在の資料に合っています。

ここで「身体に残った社会の履歴」という見方が役に立ちます。歯を抜く出来事自体が一時的でも、欠損は治癒後も残ります。さらに対象になりやすい切歯・犬歯などは前歯部にあり、Takenakaらが扱った縄文例も第一小臼歯より前方の歯に集中していました。したがって、抜歯が死後にだけ考古学者へ見える特徴だったのではなく、生前の外見にも影響したこと自体は合理的に推測できます。

ただし、ここから所属を他人に知らせる名札だったと進むのは一歩飛躍です。外から見える身体改変だった可能性と、それが意図的な社会標識として設計されていたことは別の命題です。

同じことは親族にもいえます。保美の歯冠計測では墓内部の近縁性だけが際立っていたわけではなく、伊川津のDNAでは密接な成人・幼児埋葬が母子ではありませんでした。墓域、抜歯、身体形質は社会的な結びつきを映している可能性がありますが、それを「血縁」と一語で置き換えてはいけません。

したがって「身体に残った社会の履歴」とは、縄文人自身が使った概念ではなく、研究者側の分析枠です。そこには成人への移行、性差、食物獲得、移動、婚姻、埋葬集団など、人生の異なる局面が重なっている可能性があります。

それほど痛そうなことを、なぜ受け入れたのか

読者が最後まで抱く最大の疑問は、やはり「なぜそこまでして歯を抜いたのか」でしょう。しかし、この問いほど現代人の想像で空白を埋めやすいものもありません。

骨から確認できるのは、抜歯後に生存して治癒が進んだことです。Takenakaらが調べた49例のうち5例には歯根の一部が残っており、著者らは少なくとも一部で外傷的な除去が行われた可能性を考えました。しかし、抜歯用の石器・木器が特定されたわけでも、全員に同じ方法が使われたと証明されたわけでもありません。

同じ理由で、麻酔がなかったとも断言できません。今回確認した原著・考古学資料の範囲では、縄文期の風習的抜歯に使われた特定の麻酔法、鎮痛薬、薬用植物、疼痛管理法を直接示す資料は確認できませんでした。ただし、現代的な麻酔薬の証拠がないことと、疼痛を和らげる方法が一切なかったことは同義ではありません。

この行為が社会研究の対象になる理由はあります。健康な前歯部を生前に意図的に失い、それが同じ時期・墓地で反復して特定の型をつくるなら、単発の偶然や事故では説明しにくいからです。

文化人類学の通過儀礼・身体改変研究は、「不可逆的な身体変化が社会的な地位移行と組み合わされる」という比較の視点を与えます。しかし、別社会で婚姻時に抜歯した事例があるとしても、それ自体は縄文人が結婚時に抜歯した証拠にはなりません。中国と日本の先史抜歯だけを比べても、流行時期や歯種は異なっています。

むしろ重要なのは、「痛そうだから意味が大きかったはず」という論理にも慎重であることです。身体的負担が存在した可能性は高く考えられても、その負担を当時の人が罰・試練・誇り・義務のどれとして理解したのかは別問題です。

私たちにできるのは、繰り返し行われた身体改変が、どの年齢・性・食生活・移動・墓制と結びついているのかを調べることです。そこから社会的意味に一歩ずつ近づくのが、生物考古学的な方法です。

歯を1本抜いた跡から、縄文社会はどこまで見えるのか

結論をまとめるなら、縄文の風習的抜歯には成人への移行を含む人生段階との関係が考えられますが、すべてを一つの「成人式」で説明する証拠はありません。婚姻や婚後居住も重要な仮説でしたが、4I型・2C型を地元出身者・婚入者へ一対一で割り振るモデルは、ストロンチウム同位体分析によって支持されませんでした。

だからといって、抜歯型に社会的意味がなかったとも言えません。稲荷山では男性の抜歯型と陸上・海産資源への依存に差がみられ、川地や稲荷山では時間とともに型が変化しています。抜歯型は、固定された出自記号ではなく、性、人生段階、生業、集団関係などと時代ごとに異なる形で交差した可能性があります。

また、古代DNAが示したように、「一緒に埋葬されたから親子」「同じ墓だから血縁」という考古学的推論も、独立した証拠で検証すると修正される場合があります。これは骨や墓から作られた検証可能な仮説に、新しい分析技術が別方向から答えられるようになったという、科学研究の正常な更新です。

2025年の川地貝塚研究が特に重要なのは、抜歯の意味を固定的に考える前提そのものに疑問を投げかける点です。同じ三河湾・渥美半島の社会でも、数百年単位で抜歯型、食生活、墓域が変わっています。著者ら自身、その変化の正確な原因はまだ分からず、追加分析が必要だと結論しています。

一本の欠けた歯から分かることには、はっきりした階段があります。まず、生前に歯を失ったこと。次に、それが規則的な風習的抜歯らしいこと。さらに、特定の年代・性・墓域・食生活・移動との相関。そして最後に、成人・婚姻・親族・社会集団という制度の復元です。後ろへ進むほど魅力的な物語になりますが、同時に証拠との距離も長くなります。

抜歯研究の最大の面白さは、歯の欠損という小さな身体痕跡から、文字のない社会の人生段階や人間関係を仮説化し、別の証拠で一つずつ検証できることにあります。

その意味では、抜歯痕は縄文社会の戸籍ではありません。けれども、人が生きている間に身体へ加えられ、死後も骨に残った痕跡である以上、人生史と社会関係を考える稀有な資料です。

もしそれらの歯列に、当時の人々が成人、所属、役割、人生の節目に関わる何かを読み取っていたとすれば――互いの口元を見た縄文人には、私たちにはもう直接読めないどんな情報が見えていたのでしょうか。

その問いにまだ一語で答えられないことこそ、縄文人の抜歯研究の現在地です。

よくある疑問Q&A

縄文人はなぜ歯を抜いたのですか?

一つの理由には絞れません。成人への移行、婚姻・社会集団、生業などとの関係が研究されてきました。とくに婚入者と地元出身者を抜歯型で区別する説は有名ですが、ストロンチウム同位体分析では両方の型に移住者が含まれ、単純な対応は支持されていません。

縄文人は全員抜歯していたのですか?

いいえ。時期・地域・遺跡によって大きく異なります。日本列島で複雑な抜歯が特に目立つのは後期・晩期の一部人骨群であり、縄文人全員の風習と表現するのは不正確です。

どの歯を抜いていたのですか?

地域・時期によります。後期・晩期東海研究で使われる4I型は下顎切歯4本、2C型は下顎犬歯2本、4I2C型は両方を抜く型を指します。より早い時期には上顎側切歯など別の型も確認されています。

結婚すると歯を抜いたというのは本当ですか?

婚姻・婚後居住と抜歯型を結びつける重要な仮説はありますが、結婚した人は必ずこの歯を抜いたという確定事実ではありません。後続の歯冠計測やストロンチウム同位体研究は、単純な婚入者/地元民対応を修正しています。

麻酔なしで抜いていたのですか?

分かりません。今回確認した考古学・人類学資料では、具体的な麻酔・鎮痛法を直接示す証拠を確認できませんでした。ただし証拠が確認できないことを一切の疼痛緩和をしなかったと読み替えることはできません。

なぜ意図的な抜歯だと分かるのですか?

生前に歯を失うと歯槽骨に吸収・治癒が起きます。これを死後脱落と区別し、さらに特定歯種に規則的・反復的な欠損があるかを検討します。

抜歯から血縁や出身地まで分かるのですか?

抜歯だけでは分かりません。出身・移動にはストロンチウム同位体、親族には歯冠計測や古代DNAなど独立した方法を組み合わせます。実際、古代DNAによって母子と思われた二人が母子ではなかった伊川津の例があります。 

参考

舟橋京子|「縄文時代の抜歯施行年齢と儀礼的意味――晩期西日本の諸遺跡出土人骨を対象として」『考古学研究』50巻1号、56–76頁|2003年|施行年齢、成人儀礼・通過儀礼をめぐる研究の存在と書誌を確認。
URL:https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R000000004-I6642647

春成秀爾|「抜歯の意義(1)―縄文時代の集団関係とその解体過程をめぐって」『考古学研究』20|1973年|縄文抜歯を社会集団論へ結びつけた研究史上の起点の書誌を確認。
URL:https://cir.nii.ac.jp/crid/1520853832408922112

春成秀爾|「縄文晩期の婚後居住規定」『岡山大学法文学部学術紀要』40(史学篇)、25–63頁|1979年|婚後居住仮説の書誌を後続査読研究から確認。
URL:直接確認できるURLを特定できず

Han Kangxin・Takahiro Nakahashi|“A Comparative Study of Ritual Tooth Ablation in Ancient China and Japan” Anthropological Science 104(1), 43–64|1996年|日本の後期・晩期縄文の抜歯の複雑性、中国との時期・型の相違を確認。
URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/ase1993/104/1/104_1_43/_article

Yoshiyuki Tanaka|“Reconstructing Final Jomon post-marital residential patterns in western Japan” Bulletin of the Indo-Pacific Prehistory Association 21, 43–48|2001年|伊川津・津雲の歯冠計測・頭蓋形質による春成婚後居住仮説の再検討、男女双方の居住継続可能性を確認。
URL:https://journals.lib.washington.edu/index.php/BIPPA/article/view/11760
DOI:https://doi.org/10.7152/bippa.v21i0.11760

Masami Takenakaほか|“Tooth removal during ritual tooth ablation in the Jomon Period” Bulletin of the Indo-Pacific Prehistory Association 21, 49–52|2001年|津雲・吉胡49例中5例の残根、生前・死後欠損の判別、施術方法についての限定的推論を確認。
URL:https://journals.lib.washington.edu/index.php/BIPPA/article/view/11761
DOI:https://doi.org/10.7152/bippa.v21i0.11761

Soichiro Kusakaほか|“Variability in stable isotope ratios in two Late-Final Jomon communities in the Tokai coastal region and its relationship with sex and ritual tooth ablation” Anthropological Science 116(2), 171–181|2008年|吉胡・稲荷山の炭素・窒素同位体、性差、4I・2Cと食資源利用差を確認。
URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/ase/116/2/116_070703/_article/-char/en
DOI:https://doi.org/10.1537/ase.070703

Soichiro Kusakaほか|“A strontium isotope analysis on the relationship between ritual tooth ablation and migration among the Jomon people in Japan” Journal of Archaeological Science 36, 2289–2297|2009年|4I・2C双方から同位体的移住者が識別され、単純な地元/婚入対応が支持されなかったことを確認。
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S030544030900212X

Soichiro Kusaka・Takanori Nakano・Takakazu Yumoto・Masato Nakatsukasa|“Strontium isotope evidence of migration and diet in relation to ritual tooth ablation: a case study from the Inariyama Jomon site, Japan” Journal of Archaeological Science 38, 166–174|2011年|稲荷山の移動と食生活、4I・2C型地元個体の資源利用差を確認。
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0305440310003110
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jas.2010.09.001

Soichiro Kusakaほか|“Strontium isotope analysis to reveal migration in relation to climate change and ritual tooth ablation of Jomon skeletal remains from western Japan” Journal of Anthropological Archaeology 31, 551–563|2012年|西日本縄文人骨における移動と抜歯の広域的検討を確認。
URL:https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/handle/2433/168620

Osamu Kondo・Soichiro Mizushima・Nobuo Shigehara・Yasuhiro Yamada|“Ritual tooth ablation in and dentometric assessment of a newly discovered collective burial at the Hobi shell-mound site, Aichi Prefecture, Japan” Anthropological Science 130, 33–38|2022年|保美盤状集積墓の抜歯と歯冠計測、近縁性解釈の限界を確認。
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DOI:https://doi.org/10.1537/ase.220218

Soichiro Kusaka・Tsutomu Saito・Eriko Ishimaru・Yasuhiro Yamada|“Strontium isotope analysis on human skeletal remains from the Hobi and Ikawazu shell-mounds in Aichi Prefecture, Japan” Anthropological Science 130, 25–32|2022年|保美・伊川津人骨のストロンチウム同位体と集積墓・移動の検討を確認。
URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/ase/130/1/130_2202191/_article/-char/en
DOI:https://doi.org/10.1537/ase.2202191

Daisuke Wakuほか|“Complete mitochondrial genome sequencing reveals double-buried Jomon individuals excavated from the Ikawazu shell-mound site were not in a mother–child relationship” Anthropological Science 130, 39–45|2022年|伊川津の成人女性・幼児二体が母子ではないことを完全ミトコンドリアDNAで確認。
URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/ase/130/1/130_220129/_html/-char/en
DOI:https://doi.org/10.1537/ase.220129

Soichiro Kusaka・Yasuhiro Yamada|“Temporal changes in diet and mortuary practices among the Jomon people based on human skeletal remains excavated from the Kawaji shell mound in Aichi Prefecture, Japan” Anthropological Science 133(2), 79–88|2025年|川地貝塚の放射性炭素年代、C・N同位体、抜歯型・墓域の時間変化を確認。本調査で確認できた直接関連研究のうち最も新しい重要原著。
URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/ase/133/2/133_250522/_html/-char/en
DOI:https://doi.org/10.1537/ase.250522

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