鳥取県の青谷上寺地遺跡では、弥生時代の3体の頭蓋骨から脳の一部が確認されています。ただし、生前の脳が丸ごと、変化せず残ったという意味ではありません。
保存の理由は湿地だったから、だけでは説明しきれません。水分の多い埋没環境に加え、酸素の供給、堆積物、頭蓋内の局所環境、死後の組織変化が関係した可能性がありますが、青谷の脳でその全過程が実証されているわけではありません。
この記事では、発掘報告と保存科学の研究をもとに条件を分けて調べます。脳の珍しさから一歩進み、残ることができたという事実を、弥生人を包んだ環境の記録として読んでいきます。
なぜ弥生人の脳が残ったのか――
青谷上寺地遺跡の脳の遺存は、水分の多い埋没環境に加え、酸素供給や死後の組織変化など、複数の条件を検討すべき現象です。各頭蓋で何が決定的だったかは、まだ確定できません。湿地だったから腐らなかった、という説明は出発点にはなっても、答えの全部ではないのです。
鳥取県の公式資料では、3体の頭蓋骨から脳の一部が見つかったことが確認できます。一方、遺跡の地下水研究では、酸素や化学的な環境が季節・地点によって変わることも分かっています。低湿地を、長い時間ずっと同じ状態の保存容器として考えることはできません。
さらに海外研究は、保存を単なる腐敗の停止と捉える見方を広げています。環境によっては、脳の成分が失われる一方で、一部が分解されにくい状態へ変化する可能性があります。ただし、その機構が青谷でも働いたと実証されたわけではありません。
ここで追いたいのは、脳がどれほど珍しいかという話だけではありません。どんな環境と死後の過程なら、このような残り方が起こり得るのか、という問いです。残存部位、骨の配置、土の細かさ、地下水の変化を照合すると、保存状態そのものが考古学資料になってきます。
青谷上寺地遺跡では何が見つかったのか
確認されているのは、弥生時代後期の人骨群と、3体の頭蓋内に残った脳の一部です。完全な脳でも、発掘された人すべてに脳が残っていたという話でもありません。
青谷上寺地遺跡は、鳥取県鳥取市青谷町、日本海に近い青谷平野にあります。遺跡の主要な活動時期は弥生時代前期末頃から古墳時代前期までで、人骨群の時期と遺跡全体の存続期間は区別する必要があります。国史跡への指定は2008年3月28日です。
当時は周辺に潟湖がありました。潟湖とは、砂州などによって外海とのつながりが狭められた水域です。ただし、集落の全域が湖底だったわけではなく、微高地、人の活動域、低湿地、水田、溝が隣り合う景観でした。ボーリングや花粉・堆積物の研究によって、水辺の位置や土地利用が変化してきたことが復元されています。
「約5,300点・109人分」は、どの調査の数字か
大量の人骨が出たのは、集落中心域東側の溝、SD38の一部です。2000年度に調査された第1次調査県道8区では、骨が関節のつながりをほとんど失った状態で集積していました。一般に紹介される「約5,300点、少なくとも109体分」は、この人骨群の数字です。
2026年3月刊行の第20次発掘調査報告書は、第1次調査の人骨を5,323点と記し、新しい調査区では679点、最小個体数15と報告しています。「最小個体数」とは、重複する同じ側の骨などから、少なくとも何人が含まれるかを求めた値です。両調査区をまたいで接合する骨も確認されているので、109人に15人を足して124人とすることはできません。
残っていたのはどの部分か
鳥取県が公開する「第1次発掘調査時の分析・検討」は、残存部位と重量を次のように整理しています。番号は同資料の「脳1〜3」であり、頭蓋の資料番号とは別です。
| 初期資料の呼称 | 残存部位・状態 | 公表重量 | 当初の頭蓋形態による推定 |
|---|---|---|---|
| 脳1 | 前頭葉に当たる部分 | 230g | 40〜50歳代の男性 |
| 脳2 | 細片 | 約30g | 30歳代の男性 |
| 脳3 | 前頭葉から頭頂葉にかけて | 300g | 20歳代の女性 |
これは発掘後に残っていた組織の重量と、当初の推定です。生前の脳重量でも、現在の研究によって全員の性別・年齢が最終確定した一覧でもありません。前頭葉などの解剖学的な部位が識別されたという専門家の分析が、「脳」とする公開解説の根拠です。ここから、神経細胞や細胞間のつながりまで生前どおりに残ったとは言えません。
発見後にも、答えは更新される
性別推定が更新された例は、第1頭蓋にあります。2024年の神澤秀明氏の報告によると、女性とされていたこの頭蓋は、骨から得たDNA、つまり遺伝情報を担う物質の分析によって男性と確認されました。若く、男性的な骨の特徴が十分に現れていなかった可能性が説明されています。
年代も同様です。2020年の研究で測定されたSD38の頭蓋は第9・15・23頭蓋で、脳が残った3体を測ったという意味ではありません。骨の放射性炭素年代と土器編年を合わせ、人骨群の形成を2世紀第3四半期頃に絞る見解が示されていますが、全員の死亡日が一致することまでは証明しません。「約1,800年前」は、こうした年代幅を簡略化した表現として受け止めるのが適切です。
そもそも脳は、なぜ普通なら残らないのか
脳が失われやすいのは、外から来る微生物だけでなく、組織自身の変化によっても分解が始まるからです。この死後の変化を、移動や埋没まで含めて調べるのがタフォノミーです。
生きている間、細胞はエネルギーを使って内部の状態を保っています。死後、その維持ができなくなると、膜や細胞の構造が崩れ、もともと体内にある酵素が組織の分解に関わります。これが自己融解です。脳のような軟らかい臓器では、骨の硬い形が残る間にも、内部の構造は大きく変わり得ます。
微生物による分解も進みます。酸素が十分ある場所では酸素を利用する微生物が働きますが、酸素の乏しい環境で活動する微生物もいます。「低酸素」と「無菌」は違いますし、酸素を減らしただけで自己融解まで一律に止まるわけではありません。
温度や水分は、この進み方を左右します。一般に低温は多くの反応を遅らせますが、水分は酵素反応や微生物活動を支える条件にもなります。水が多いことには、空気の入り方を制限する側面と、分解に必要な反応の場をつくる側面があるのです。
したがって、「土に埋まったから」「水に沈んだから」という条件だけでは、脳の残否を予測できません。いつ埋まったか、埋まる前にどこまで変化したか、どんな水や土と接したか、その後に環境が変わったかを考える必要があります。2026年の実験研究でも、初期の分解が進んだ後、水分と酸素供給条件に応じて残る成分が分かれていく過程が観察されています。
ここで避けたいのが、残ったか、完全に消えたかという二択です。形の一部が分かること、組織の構造が分かること、特定のタンパク質が検出できることは、それぞれ別の保存の段階です。青谷の公表重量や部位は、この違いを意識して読む必要があります。
「水に守られた」だけでは足りない――青谷の地下環境
青谷の地下は均一ではなく、水の化学的な状態も季節によって変わります。保存を考える鍵は、水があるかどうかに加えて、酸素や物質がどのように供給・消費されるかです。
地下水を測ると、何が分かるのか
高妻洋成氏らの2010年の研究は、木製遺物を現地で保存するため、青谷の土壌と地下水を調べたものです。2004年11月から2008年12月までの地下水観測では、酸化還元電位と溶存酸素に季節変動が確認されました。研究の対象は木材を含む埋没環境であり、脳の内部を測定したものではありません。
溶存酸素は、水に溶けている酸素の量です。酸化還元電位は、その環境で物質が電子を受け渡しする傾向を表す指標で、酸素の量そのものではありません。pHは酸性・アルカリ性の指標です。三つは関連しますが、どれか一つで残りやすさを判定できるわけではありません。
同研究では地下水のpHはおおむね中性付近で、明確な季節変動は認められませんでした。一方、酸化還元電位と溶存酸素は概して冬に高く、夏に低くなる傾向を示しました。著者らは、温暖な季節の生物活動による酸素消費などとの関係を説明しています。これは夏は保存に最適といった単純な順位づけではなく、供給と消費の釣り合いが変わるということです。
土壌と地下水の数値も区別が必要です。第8・9次調査の土壌試料では、調製した測定液のpHが4.1〜6.2、酸化還元電位が141〜532mV、溶存酸素は検出下限の0.5mg/L未満でした。酸化還元電位は標準水素電極基準の値です。ただしこれらは、頭蓋の中や弥生時代の地下水の測定値とはなりません。
地下水位より下でも、分解は起こり得る
地下水は、止まった水とは限りません。透水性のある層を動く水が酸素を運び込めば、地下水面より下でも木材の腐朽が起こり得ると、同論文は指摘しています。反対に、緻密なシルトなどでは酸素の供給が制限される可能性がありますが、そこで嫌気的な分解までなくなるとは限りません。
シルトは砂より細かい粒子です。ただし、細かい土なら密閉できると決めることもできません。砂の混じり方、土の構造、根の通り道、水の動きなどが、周囲との物質交換を左右するからです。保存には、より細かい尺度で環境を見る必要があります。
同研究では硫酸還元菌も一部の土壌で検出されています。酸素の乏しい環境でも活動し得る微生物が存在するという点で、嫌気環境なら微生物はいないという説明には反します。
最新の地層分析は「ずっと水中」という像を修正する
2026年報告には、人骨を含むSD38-Caなどの埋土について、さらに具体的な手掛かりがあります。砂混じりの腐植質シルトに薄い堆積の縞、植物の根の跡、攪乱が観察され、珪藻の分析も合わせて、乾湿を繰り返す環境だったと解釈されています。珪藻は微小な藻類で、その種類の組合せが過去の水辺を知る手掛かりになります。
これは、2000年度に出土した脳の周囲すべてが乾燥したという証明ではありません。新しい調査区の溝が埋まる過程を示す資料です。それでも、遺跡全体が埋没当初から発掘まで一様な無酸素状態だった、という物語は支持できなくなります。
地下水研究と地層研究から導けるのは、青谷が単純な水の貯蔵庫ではなかったという理解です。時間と場所による変化の中で、脳の残る局所条件がどこに、いつ成立したかを考える必要があります。
頭蓋骨の中では何が起きたのか――脳保存の条件を分解する
頭蓋内という小さな空間は重要な候補ですが、青谷の保存機構を確定する測定結果と同一視できません。遺跡全体、溝の埋土、頭蓋の内部という三つの尺度を分けると、分かっている範囲が見えてきます。
| 保存要因 | 青谷で直接確認されているか | 保存への作用として考えられること | 不確実点 |
|---|---|---|---|
| 高含水環境 | 遺跡の土壌・地下水で確認。各頭蓋の全履歴は未確認 | 空気の侵入や乾湿変化を左右する | 含水だけでは保存を保証しない |
| 低酸素 | 現代の環境観測あり。弥生期の頭蓋内は未測定 | 分解経路や反応の進み方を変える | 酸素補給量の長期変化が不明 |
| 細粒堆積物 | シルトなどを確認 | 水と酸素の移動を制限する可能性 | 3頭蓋を包んだ土の透水性は未確認 |
| 微生物活動の抑制 | 脳について直接確認できず | 特定の分解を遅らせる可能性 | 無菌とは言えず、嫌気的分解もある |
| 頭蓋内の局所環境 | 脳が頭蓋内にあったことは確認 | 物理的保護や物質交換の制限 | 密閉性・土砂の侵入過程は未確認 |
| 埋没速度 | 配置・層位による解釈はある | 分解条件が切り替わる時期を左右する | 死後何時間・何日かは算定できない |
| 水温・地温 | 各個体の保存開始時は未確認 | 酵素反応・微生物活動に影響する | 季節・温度の復元値がない |
| 化学的安定化 | 青谷の脳で直接実証した公開分析は確認できず | 分子の結びつきが強まり残りやすくなる可能性 | 海外研究・動物実験からの検討課題 |
表の環境情報は2010年の土壌・地下水研究と2026年発掘報告、分子変化の候補は保存脳の比較研究に基づきます。
頭蓋骨は、外からの力や組織の散逸をある程度防ぐ器になり得ます。一方、底部の大きな孔、神経や血管の通路、破損部があるため、完全な密閉容器ではありません。内部へ水や土が入ることと、外と同じ速さで酸素が補給されることも、同じではないのです。
また、脳だけが残ったことを説明するには、周囲の環境だけでなく、脳の物質としての性質も考える必要があります。木材の細胞壁、骨の無機質、骨のタンパク質であるコラーゲン、脳の脂質やタンパク質、金属では、失われ方が違います。同じ水に触れていても、同じ残り方にはなりません。
記事上の推論としては、保存の成立を二段階で考えると整理できます。まず死後の早い時期に、全体が失われず、一部が残る経路へ進むこと。次に、その物質を長期間失わせない条件が続くことです。これは検証のための枠組みであり、青谷の脳で二段階の時期や反応を測定できたという意味ではありません。
この区別は急に泥に埋まったからという説明にも歯止めをかけます。仮に速い埋没が初期の保存に有利だったとしても、それだけでは千年以上の遺存を説明しきれません。その後の地下水や土壌の変化も含めて初めて、保存の履歴になります。
世界にはほかにも「残った脳」がある――比較すると何が見えるか
海外研究が示すのは、脳の遺存に複数の型があり、物質の変化も調べなければ原因を絞れないということです。ここでは、青谷の原因を代わりに説明するためではなく、検証すべき問いを増やすために比較します。
英国ヘスリントンでは、タンパク質の残り方を調べた
英国ヨークのヘスリントンでは、水を含む泥の中から、脳が残る頭蓋が見つかりました。頭蓋骨の年代は紀元前673〜482年とされ、他の軟部組織が失われた中で脳が遺存していた点が比較の手掛かりになります。
2020年の研究は、脳の形だけでなく、神経組織に関わるタンパク質を調べ、安定した凝集体の存在を報告しました。分子が集まって分解されにくくなることが長期保存に関与したと考えられています。ただし、保存の出発点となる反応や条件が、すべて確定したわけではありません。
同論文で特に参考になるのは、残存組織のpHを、そのまま埋没環境のpHとみなせないという注意です。試料の現在の状態と、長い時間にわたる周囲の状態は違います。これは青谷の地下水測定を読む際にも共通する、方法上の大切な区別です。
2024〜2026年の研究は、保存の見方をどう変えたか
2024年の集成は、世界の文献から4,405例の保存脳を整理しました。乾燥・凍結・なめし様の保存などを一括りにせず、他の軟部組織がなく脳が残る例について、固有の機構を検討しています。古代の脳は世界で唯一といった説明は成り立ちません。
2026年の研究はさらに、マウスの死体を水分と大気との接触条件が異なる4条件で6か月間調べました。水を含み、酸素補給を制限した条件では、一部のタンパク質断片が残りやすく、その変化は分子同士を結びつける酸化的な架橋と整合的だと報告しています。分解と保存を正反対の現象とせず、変質の結果として残存が起こるという見方です。
酸素の供給が乏しいことと、組織内の局所的な酸化反応が起こることは両立し得ます。同研究は、酸素を多く供給し続ける条件と、反応が限られた範囲で進む条件の違いを論じています。青谷の地下水の数値を当てはめれば、脳内の反応まで分かるという話ではありません。
ただし、これは古代人の頭蓋を千年以上観察した実験ではありません。著者らは、埋没前の凍結処理、実験中の溶存酸素・酸化還元状態を直接監視していない点を限界に挙げています。青谷にも同じ架橋が起きたと断定せず、将来の分析で確かめる候補として扱うのが妥当です。
脳が残ったことから「死の瞬間」まで分かるのか
脳の遺存は死後過程を考える手掛かりですが、死亡場所、死因、戦乱を直接示しません。
第1次調査の人骨では、当初「殺傷痕」とされた痕跡が110点、少なくとも10体分に確認されたと紹介されてきました。金属製武器が骨に入り込んだ資料もあり、人に対する暴力を検討する根拠は存在します。
2026年報告は、初期に「殺傷痕」とまとめられたものの中に、死後の遺体の切り離しなどによる痕跡も含まれると考えています。新しい調査区の出土状況、部位の偏り、調査区をまたぐ骨の接合から、白骨化後の選別と集積を含む葬送過程が検討されています。これは、散らばった骨をすべて戦闘直後の投棄と読む解釈への修正です。
骨の傷に治癒の痕跡がない場合も、それだけでその傷が死因と確定することはできません。死亡に近い時期の傷か、死後の処置かを、傷の形や骨の状態、出土位置と合わせて判断する必要があります。脳が残った頭蓋と、別の場所の傷ついた骨を、同じ人物として扱うこともできません。
「集められた時」と「亡くなった時」は違う
人骨が薄い範囲に集まることや、流水による大きな移動が考えにくいことは、その場所に骨が集積した過程を絞る情報です。しかし、ある時期にまとめて集められた骨が、すべて同時に死亡した人のものとは限りません。
2026年報告も、白骨化という過程が介在するため、どの程度の期間に亡くなった人々なのかを判断しにくいと述べています。関節のつながりが部分的に残る骨、ばらばらの骨、脳が残る頭蓋という差を、死亡から集積までの時間差で理解する可能性を示しています。
脳が残っている以上、完全に失われる前に保存につながる過程へ入ったとは考えられます。それでも、死後何日目にどこへ運ばれたか、最初から出土地点に置かれたか、別の場所から移されたかは、脳の存在だけでは決まりません。保存脳を死亡から投棄までの時計にするには、環境と分解速度の情報が足りないのです。
倭国乱との関係は、年代の近さだけでは証明できない
『魏志倭人伝』に記される倭国の争乱、人骨群の年代、骨の傷は、それぞれ性質の違う証拠です。年代が近いことは比較の理由になりますが、その争乱が青谷で起きたことや、特定の個人がその犠牲者だったことの証明にはなりません。県の公式解説も、倭国乱との関係に明確な答えがないとしています。
研究の中には葬送儀礼を重視する解釈もありますが、その目的や人々の信仰まで確定したわけではありません。戦争では説明しきれないことから、別の物語を確実なものとして置き換えないことも大切です。
「何が残ったか」から「何が失われたか」を考える
青谷の重要性は、脳だけでなく、通常は失われやすい資料が、過去の見え方を変えることにあります。ただし、それはすべての物が同じように保存されたという意味ではありません。
木製容器、建築部材、植物の遺存体、人骨などが残れば、土器や石器だけでは見えにくい加工技術、資源利用、生活空間を考えられます。文化庁が紹介する精巧な木製容器も、青谷の社会を知る重要な資料です。しかし、出土する材質の豊かさと、それぞれの物質が無傷であることは別です。
例えば木材は、外形が残っていても成分の分解が進み、失われた部分を水が満たしている場合があります。骨の形、骨に含まれるコラーゲン、DNAにも、それぞれの残り方があります。保存状態が良いと書くなら、形が良いのか、分子を分析できるのか、比較対象は何かまで考えたいところです。
この違いは、考古学の保存バイアスにつながります。保存バイアスとは、材質や環境によって残りやすさが異なるため、発見資料が当時存在したものの偏った一部になることです。ある遺跡で木の道具が少ないとしても、木を使わなかったとは限りません。失われやすかった可能性を、調査や回収の条件とともに考える必要があります。
青谷の脳も、その偏りを意識させます。3体分だけが見つかった理由には、実際の保存条件の差に加え、頭蓋の壊れ方や組織を認識できる状態だったかという問題も関わり得ます。現時点で割合や原因を数値化することはできませんが、見つからないと存在しなかったを同じにしない視点は持てます。
人の身体を見たいという関心と、見世物として扱うことへのためらいが重なる読者もいるでしょう。人骨研究は過去の暮らしを知る仕事であると同時に、かつて生きた個人の身体を扱う仕事です。復顔像は研究に基づく復元であって本人の顔の完全な再現ではなく、保存された脳から人格や記憶を読み出せるわけでもありません。
青谷上寺地遺跡で脳が残った理由は、今も条件を一つずつ検証する対象です。残存組織と地層、地下水、死後過程を照合することで、説明できる範囲は広がります。残った脳が教えるのは、弥生人の思考の内容よりも、その身体を包んだ環境と、私たちが過去を見るための条件です。
私たちが見ているのが当時あったもの全部ではなく残ることができたものだとすれば、失われた側には、どんな暮らしの手掛かりがあったのでしょうか。
よくある疑問Q&A
Q1. 青谷上寺地遺跡の脳は本当に人間の脳ですか?
鳥取県は、頭蓋内から取り出した組織を専門家が分析し、前頭葉などに相当する部分が残る脳として報告しています。ただし、脳の全部や神経回路が生前の状態のまま残ったという意味ではありません。今回確認した公開資料では、青谷の脳の詳細な組織染色・分子同定の全データまでは確認できませんでした。
Q2. 何人分の脳が見つかっていますか?
初期分析をまとめた県資料では、3体の頭蓋骨から確認されています。2026年9月21日までに確認した資料では、追加の保存脳発見による更新は確認できません。人骨全体の点数・人数とは別の数字です。
Q3. なぜ1,800年以上も腐らなかったのですか?
全く腐らなかったより、変化を受けながら一部が残ったと考える方が適切です。高含水環境、酸素の補給、頭蓋内の局所条件、組織の安定化などを検討する必要がありますが、青谷で働いた組合せは確定していません。
Q4. 水の中なら脳は保存されますか?
水分だけでは決まりません。酸素を含む水の流入や、酸素が乏しくても活動する微生物、温度、組織の状態などが関わります。青谷の木材研究でも、地下水中だから腐朽しないとは言えないことが示されています。
Q5. 世界にも古代人の脳が残った例はありますか?
あります。英国ヘスリントンは代表的な比較例です。2024年の集成には4,405例が収録されていますが、乾燥・凍結などを含む多様な例の合計であり、すべてが青谷と同じ機構で保存されたものではありません。
Q6. 脳が残った人は戦争で亡くなったのですか?
脳の遺存だけでは死因は分かりません。骨に傷がある場合も、死亡に関わる傷と死後の処置を区別し、どの個体の骨かを照合する必要があります。人骨群全体の暴力の証拠を、脳のある個人に一括して当てはめることはできません。
Q7. 倭国乱と青谷上寺地遺跡は関係がありますか?
年代や殺傷痕から関連が論じられてきましたが、同じ出来事と実証されたわけではありません。文献の記述、骨の傷、集積の時期を別々に検討する必要があります。
Q8. 保存された脳からDNAや記憶が分かりますか?
DNAが分析できるかは試料ごとに異なります。青谷の後年のゲノム研究でここに引用した試料は骨であり、脳からDNAを読んだとは書けません。記憶や人格を読み出した研究でもありません。
参考
- 鳥取県|「青谷上寺地遺跡とは」|公開年月日記載なし、2026年9月21日確認|所在地、立地、遺跡全体の時期、遺物の概要
URL:https://www.pref.tottori.lg.jp/293895.htm
- 鳥取県|「弥生人骨・脳―第1次発掘調査時の分析・検討―」|公開年月日記載なし|脳のある頭蓋3体、残存部位、230g・約30g・300g、発掘当初の形態による性別・年齢推定。最新の性別一覧としては使用していません。
URL:https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/1233499/18yayoijinnkotunou.pdf
- 財団法人鳥取県教育文化財団|『青谷上寺地遺跡4』鳥取県教育文化財団調査報告書74|2002年3月29日|SD38の人骨出土状況、約5,300点・少なくとも109体という報告、初期の埋没過程の解釈。公開された本文分冊と図版編を確認。
URL:https://sitereports.nabunken.go.jp/13413
- 鳥取県立青谷かみじち史跡公園|『青谷上寺地遺跡18 第20次発掘調査報告書』|2026年3月26日|第4章の土壌・微化石分析、乾湿変化の解釈、第5章の人骨679点・最小15個体、第1次5,323点、両調査区間の接合、傷・選骨・集積・葬送過程の再検討。主に249〜256、287〜342頁。
URL:https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/1431717/houkokusho_aoyakamijichi18.pdf
- 高妻洋成・脇谷草一郎・肥塚隆保・家塚英詞/日本文化財科学会|「木製遺物を包含する埋没環境の調査―青谷上寺地遺跡の土壌と地下水―」『考古学と自然科学』61、27〜41頁|2010年|地下水pH・酸化還元電位・溶存酸素の観測、季節差・地点差、土壌測定法と表3、硫酸還元菌、木材腐朽、現代観測から過去へ遡る限界。本文15ページを確認。
URL:https://www.jssscp.org/files/backnumbers/AS61_3.pdf
- 安昭炫/日本第四紀学会|「青谷上寺地遺跡と周辺域の弥生時代の景観史」『第四紀研究』54(5)、311〜321頁|2015年|ボーリング、堆積物・花粉等による青谷平野と周辺景観の復元
URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaqua/54/5/54_311/_article/-char/ja
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- 濵田竜彦・坂本稔・瀧上舞/国立歴史民俗博物館|「鳥取県鳥取市青谷上寺地遺跡出土弥生中・後期人骨の年代学的調査」『国立歴史民俗博物館研究報告』219、147〜162頁|2020年3月27日|SD38第9・15・23頭蓋と別地点第33頭蓋の測定、骨コラーゲン、海産資源寄与を考慮した較正年代。本文PDFを確認。
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- 濵田竜彦/国立歴史民俗博物館|「青谷上寺地遺跡SD38出土弥生時代後期人骨群の年代に関する検討―人骨群の形成時期と期間について―」『国立歴史民俗博物館研究報告』229、87〜111頁|2021年10月29日|人骨群の配置、土器編年との照合、2世紀第3四半期頃という形成時期の解釈と限界。本文PDFを確認。
URL:https://rekihaku.repo.nii.ac.jp/records/2800
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- 鳥取県立青谷かみじち史跡公園|『青谷上寺地遺跡発掘調査研究年報2024』第Ⅱ章「開園記念企画展『青谷弥生人―その実像をさぐる―』の記録」展示解説分冊|2024年度の展示記録、分冊で刊行年月日の記載を確認できず|受傷痕110点・少なくとも10体の展示解説、復顔対象第8頭蓋の脳遺存、出土状況と年代の整理。図版を画像で確認。
URL:https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/1387070/02aoyayayoijin.pdf
- 鳥取県|人骨の受傷痕・倭国乱に関する展示解説(PDFファイル名「受傷痕」)|公開年月日記載なし|倭国乱との関係に明確な答えがないとの説明。傷の点数・治癒例等は新しい資料を優先。
URL:https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/1233499/%E5%8F%97%E5%82%B7%E7%97%95.pdf
- Axel Petzoldほか/The Royal Society|“Protein aggregate formation permits millennium-old brain preservation.” Journal of the Royal Society Interface 17(162), 20190775|2020年1月8日|ヘスリントンの保存脳の組織・タンパク質分析、凝集体、組織pHと埋没環境pHを同一視できないこと、保存開始機構の不確実性
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URL:https://www.ebi.ac.uk/europepmc/webservices/rest/PMC13459548/fullTextXML
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.jproteome.6c00200
- 文化庁/文化遺産オンライン|「青谷上寺地遺跡」|史跡指定2008年3月28日、ページ公開年記載なし|所在地、史跡指定、居住域・水田域と有機質遺物の文化財上の位置づけ
URL:https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/174085
- 文化庁/文化遺産オンライン|「鳥取県青谷上寺地遺跡出土品」|重要文化財指定2019年7月23日、ページ公開年記載なし|木製容器などの出土品の価値、交易との関係

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