アライグマやハクビシンがじわじわと勢力を伸ばしてきている。
どんな動物?
アライグマ
- 原産:北〜中央アメリカ
- 日本にはペット・毛皮目的で持ち込まれ、逃亡・遺棄個体が全国で野生化している
- 外来生物法上の 特定外来生物 に指定され、原則として飼育・放流・譲渡などは禁止
- 環境省のパンフレットでは、2005–06年と最近の分布を比べると、関東を含めて市街地まで分布が大きく拡大したとされる パンフレット類 | 生物多様性センター(環境省 自然環境局)
- 目の周りの「黒いマスク」、しま模様の尾、中型犬くらいの体格
- 雑食性(果実、作物、小動物、鳥の卵、魚、昆虫、ゴミなどなんでも食べる)
- 手先が器用で、フタや鍵も開けてしまう
ハクビシン
- 原産:東南アジア〜中国南東部
- 遺伝子解析の結果、日本の個体群は台湾などから入ってきた 外来種
- 国の「生態系被害防止外来種リスト」で 重点対策外来種 に位置付け
- ただしハクビシンは特定外来生物ではなく、鳥獣保護管理法の対象種という微妙な立ち位置となっており、埼玉などの自治体も「特定外来ではないが、生態系被害防止外来種として注意すべき」としている
- 細長い体、顔の真ん中の白い筋、長い尾
- 木登り・高所移動が得意で、電線や屋根を伝って移動する
- 甘い果物や作物、昆虫、小動物、残飯などを食べる
- 細長い体と柔軟さを活かし、わずかな隙間から天井裏に入り込む
東京都で何が起きているのか
多摩だけでなく、23区にも広く定着
東京都環境局のまとめでは、
- アライグマ:多摩地域を中心に増加を続け, 最近は区部でも生息範囲の拡大が確認されている
- ハクビシン:多摩地域だけでなく、区部のほぼ全域に分布していると考えられている
東京都のアライグマ・ハクビシンの被害及び対策の状況について|アライグマ・ハクビシン対策について|東京都環境局
また世田谷区では、区の公式サイトで
「区内すべての地域で目撃され、数も増えてきている」と明記されており、
23区の住宅地のど真ん中で、すでに普通にいる野生動物となっている。
相談件数・被害の増加
東京都の環境局は、アライグマ・ハクビシンに関する相談件数(目撃+被害)が、
区部・多摩地域ともに年々増加傾向にあるとしている。
別の専門家記事では、東京都の統計をもとにハクビシンに関する相談件数が
- 平成25年度:約1,500件弱
- 令和4年度:約2,500件
まで増加したと紹介されている
ハクビシンの被害、増加の一途|対策はどうすべき?駆除方法を解説|JIJICO
アライグマについても、東京都のデータを引用した報道によると、
アライグマによる農業被害額は
- 2014年:100万円未満
- 2022年:900万円近く
と、この数年間で大きく膨らんでいる。
生態系への影響:トウキョウサンショウウオの事例
東京都環境局は、アライグマ・ハクビシンの問題の中でも、
生態系への影響を大きな柱のひとつとして挙げている。
代表的なケースが、絶滅危惧種トウキョウサンショウウオである。
あきる野市・日の出町の丘陵部では、1970年代末〜現在のあいだに、
個体群が約3分の1まで衰退したと推定されている。
その原因として谷戸田(谷地形の田んぼ)の乾燥化、人による採集、アライグマによる捕食
などが並列して挙げられている。
アライグマは両生類の卵や成体を食べることがあり、
産卵池周辺の自動撮影調査では、捕食者として写る動物の多くがアライグマだったという報告もある。
このように、山あいの保全地域では希少種の卵や幼生が食べられ、里山と住宅地の境界では、小動物・鳥の卵・果実がまとめて食べられることで、生態系へのプレッシャーがかかっているのが現状。
住宅・街なかで起きている被害
東京都内の自治体は、住宅地での被害をかなり具体的に警告している。
典型的なパターン:天井裏と庭先
世田谷区や墨田区などの公式情報を総合すると、よくある被害例は次のようなものとなる。
- 天井裏・屋根裏に侵入して棲みつく
- 外壁の継ぎ目や床下通風口、屋根付近の小さな隙間から侵入
- 夜間にドタドタと足音がする
- 糞尿による被害
- 断熱材の上に大量の糞尿が溜まり、悪臭・天井のシミや腐食
- ダニ・ノミなど害虫の発生源になる
- 庭やベランダでの被害
- 柿・ブドウなど庭木の果実を食べられる
- ベランダ・屋根の上にフンをされる
- ペットフードが食べられる
一度でも安全な寝床として認識されてしまうと、
毎晩戻ってきて寝て、出入りを繰り返し、糞尿が蓄積していく……。
感染症・健康リスク
共通して注意すべき点
多くの自治体は共通して、
- 野生動物には目に見えない寄生虫や病原体がいる可能性がある
- 絶対に素手で触らない・近づかない
- ペットを近づけない
- 噛まれたり引っかかれたらすぐに医療機関へ
と注意喚起している。
海外では、アライグマやハクビシンが
狂犬病・各種細菌感染症などの主要な媒介動物となっている地域もあり、
日本でも「理論上のリスク」として警戒されている。
アライグマ回虫(Baylisascaris procyonis)について
国の感染症情報サイトは、アライグマが本来の宿主となる寄生虫
アライグマ回虫について、次のように整理している。
- ヒトが虫卵を飲み込むと、幼虫が体内を移行し、
重い中枢神経障害や眼障害を引き起こしうる - 北米では重症例が報告されている
- 日本では人の感染例は報告されていない
- 調査された野生アライグマからは、現時点で寄生例が確認されていない
- 一方で、動物園等の飼育アライグマからは寄生が見つかっている
アライグマ回虫による幼虫移行症|国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト
つまり、「日本ですでに大流行している」という段階ではなく、
『もし侵入・定着すると非常に厄介な寄生虫なので、予防的に強く警戒すべき病原体』
という位置づけだ。
行政は何をしているのか:東京都の防除計画
東京都は、2013年度(平成25年度)に
「東京都アライグマ・ハクビシン防除実施計画」を策定し、
その後も改定しながら対策を続けている。
主なポイントは次の通り。
- 目的
- 農林水産業・生活環境・生態系・健康被害の軽減
- 最終的にはアライグマの「根絶」を目標に掲げている
- 対象
- 都内全域(島しょ部を除く本土部)
- 手法
- 小型の箱わなによる計画的な捕獲
- 保全地域(横沢入里山保全地域など)では、
トウキョウサンショウウオ等の保全の一環として集中的な捕獲を実施し、
卵のうの確認数が増加傾向にあることが報告されている
自治体の参加状況
東京都のまとめによると、
防除実施計画に参加(同意)している自治体:46自治体
農作物獣害対策事業などを含めると、
53自治体のうち50自治体がアライグマ・ハクビシン対策に取り組んでいる
とされている。
世田谷区や足立区では、
- 区民向けの箱わな貸し出し
- 屋根裏や床下への侵入を防ぐための家屋の穴埋めへの助成
など、住宅被害に直結した支援策も始まっている。
私たちにできること:エサ場にしない・侵入させない・住まわせない
東京都や各自治体、専門家が共通して勧めているのは、
一言で言えば「人間が“住みやすい環境”を提供しないこと」だ。
ある自治体・専門家は、被害を防ぐ合言葉として
「エサ場にしない」「侵入させない」「住まいを与えない」
という3つを挙げている。
エサ場にしない
- 生ごみや可燃ごみを前夜から屋外に出さない
- ペットフードの食べ残しを外に放置しない
- 庭木の果実は、食べない分も含め早めに収穫する
- 畑の収穫しない作物を放置せず、適切に処分する
- 餌付けは絶対にしない
侵入させない
- 床下の換気口、屋根と外壁の継ぎ目、軒下などの隙間をチェックする
- 指が入る程度の隙間でも、ハクビシンやアライグマには十分な入口になり得る
- 専門知識のない状態で屋根上の作業をすると転落の危険もあるため、
本格的な封鎖工事は専門業者や自治体の紹介先に依頼する
住まいを与えない
- 物置・ガレージ・倉庫など、普段あまり使わない場所も定期的に点検
- すでに天井裏などに棲みついている可能性がある場合、
中に動物がいる状態で出口を塞ぐのは厳禁- 親子が閉じ込められて死亡し、さらに衛生状態が悪化するおそれ
- 被害が疑われる場合は、自治体の環境・鳥獣担当窓口にまず相談する
- 鳥獣保護管理法により、許可のない一般人による捕獲は原則禁止
海外で行われているアライグマ・ハクビシン対策
北米(アライグマ=在来種・狂犬病対策が中心)
アメリカやカナダでは、アライグマは在来種だが、狂犬病ウイルスの主要な宿主の一つとされており、毎年、大規模な 経口狂犬病ワクチン(ORV)のベイト散布 が行われている。
米国農務省(USDA)の説明では、野生生物サービス(WS)が各州と協力して、
毎年約 650万個のワクチン入りベイトを配布し、アライグマ狂犬病の拡大を防ぐ「ORVゾーン」を維持しているとされている。
USDA APHIS “Oral Rabies Vaccination”
https://www.aphis.usda.gov/national-wildlife-programs/rabies/vaccine
住宅まわりの被害については、州・郡のガイドラインで
「ゴミやペットフードを外に出しっぱなしにしない」「屋根や換気口の隙間を塞ぐ」「自分で捕獲せず自治体や専門業者に相談」といった、環境管理と侵入防止(エクスクルージョン)を組み合わせた対策が推奨されている。
下記はジャコウネコ類(ハクビシンなど)の侵入防止ツールキット
nparkscivetexclusiontoolkit.pdf
ヨーロッパ(アライグマ=外来種としての個体数管理)
ヨーロッパでは、アライグマは非在来の侵入種とされ、
ドイツなどで毛皮用・狩猟用に放された個体から野生個体群が拡大した。
多くの国でアライグマは狩猟対象種になっており、
ドイツでは州ごとに狩猟シーズンや方法を定めて、個体数を抑える試みが行われている。
近年は、どこでどれくらい増えているかを把握するために、
ハンティング記録(hunting bag data)を解析して分布拡大や密度の変化を推定する研究が進んでいる。
Cunze, S. et al. (2025) “Linking patterns to processes: Using hunting bag data to classify raccoon (Procyon lotor) invasion stages in Germany since the 2000s.” Ecological Indicators 175, 113568. https://doi.org/10.1016/j.ecolind.2025.113568
ドイツ・カッセル市では、都市部のアライグマを捕獲して不妊手術するパイロット事業も始まったが、狩猟団体の反対などから、一時的に停止されていると報じられている。
中国(ハクビシン=SARS後の感染症対策)
2002〜2003年のSARS流行時、中国・広東省の野生動物市場で販売されていたハクビシン(masked palm civet)からSARSコロナウイルスが検出され、感染者と近縁のウイルスも見つかったことから、中間宿主として疑われた。
その結果、広東省政府は 市場などにいるハクビシンを大量淘汰するキャンペーンを実施し、
報道では「省内で1万頭規模のハクビシン殺処分」や、野生動物市場の閉鎖・販売禁止が伝えられた。
シンガポール(在来ジャコウネコ類=共存+侵入防止)
シンガポールでは、ハクビシンを含むジャコウネコ類(palm civets)は在来の中型哺乳類と位置づけられている。
国立公園局(NParks)は「Civets in Singapore」や「Civet Exclusion Toolkit」で、
市民向けに次のような対策を示している。
- 屋根裏や天井裏に入る隙間を塞ぐ、登りやすい枝や配管には対策をする
- 庭の果実・ペットフード・生ゴミを放置せず、餌場を作らない
- 家に入り込んだ個体は、自分で捕まえず、24時間の動物対応窓口に連絡する
同時に、シンガポールの公式サイトは、
ジャコウネコが果実の種子散布やネズミ・害虫の捕食によって森林や都市環境に役立っていることも紹介し、「むやみに排除する対象ではなく、適切に距離をとって共存するべき野生動物」として扱っている。
下記はシンガポールにいるジャコウネコの概要と、出会ったときの対処方法
Civets in Singapore | Animal and Veterinary Service (AVS)
かわいさと「現実」を両方見る
アライグマもハクビシンも、人間が持ち込んだ存在だ。
動物そのものが「悪い」というより、
私たちの過去の行動の結果が、今の東京の生態系と住宅の問題として現れているとも言える。
しかし現状として、
- 都内ほぼ全域で定着しつつあること
- 絶滅危惧種を含む生態系への影響が確認されていること
- 住宅や健康へのリスクがじわじわ増えていること
は、公的なデータからも明らかだ。
感情としての「かわいい」と、
都市と自然をまもるための冷静な距離感を、両方持つこと。
そして、
- 行政の防除計画
- 現場の捕獲・調査
- 住民一人ひとりのエサ管理と住宅のメンテナンス
これらが噛み合ってはじめて、
東京の生態系と私たちの暮らしを守ることができる。

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