in vivo anti-FAP CAR-TでMASHは治るのか:免疫療法・再生医療の研究最前線と日本への示唆

MASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)の肝線維化を、がん治療で知られるCAR-Tで治す——そんな研究が2026年に報告されました。ポイントは、体外で細胞を作らず、体内で一時的にCAR-Tを作る「in vivo CAR-T」という発想です。結論から言うと、現時点でこれはマウスでの研究段階で、すぐに受けられる治療ではありません。だからこそ「何が分かっていて、何が未解決か」を整理します。 

in vivo anti-FAP CAR-Tは、脂質ナノ粒子(LNP)などでmRNAを届け、体内でT細胞にCAR(キメラ抗原受容体)を一時的に発現させる研究アプローチです。2026年に、FAPを標的とするin vivo CAR-TがマウスのMASHモデルで肝線維化を減らし、肝内環境の改善につながったと報告されました。 
一方で、これは動物実験段階であり、有効性・安全性・適切な投与設計が人で確立したわけではありません。 
米国ではすでにMASH治療薬(resmetirom、semaglutide)が承認されていますが、日本の承認状況は同一ではなく、研究の位置づけ整理が重要です。 

導入と概要:なぜ今「MASH×in vivo CAR-T」なのか

MASHは、MASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)の中でも、炎症や肝細胞障害を伴い、線維化(肝臓の傷あと)が進みやすい状態です。従来の名称であるNAFLD/NASHから、患者へのスティグマ等を背景に国際的に呼称が整理され、MASH/MASLDへ移行しています。 
肝線維化は長期予後の鍵であり、線維化を減らす・止めることは、MASH治療の中心目標の一つとして位置づけられます(ただし治療全体は代謝・炎症・線維化が絡む複合課題です)。 
この文脈で、線維化の原因細胞(主に肝星細胞)を狙うより直接的な治療概念として、FAP標的やCAR-Tの応用が研究されています。 

前提知識・用語整理

MASH/MASLD:日本でも学会が国際変更に賛同し、日本語病名(例:MASLD=代謝機能障害関連脂肪性肝疾患、MASH=代謝機能障害関連脂肪肝炎)を整理しています。 

肝線維化:肝臓の慢性的な傷害に対して、細胞外マトリクス(主にコラーゲン)が過剰に沈着し、構造と機能が損なわれていく過程です。MASHでは、肝細胞ストレスや炎症が引き金となり、免疫細胞と肝星細胞の相互作用を通じて線維化が進むと整理されています。 

肝星細胞(HSC):健康な肝臓ではビタミンA貯蔵などに関わりますが、傷害・炎症で活性化すると線維化を駆動します。MASHの線維化病態で重要な細胞として位置づけられています。 

FAP(fibroblast activation protein):炎症・線維化・腫瘍など組織再構築の場で上がりやすい分子で、肝線維化では活性化した線維芽細胞/肝星細胞の一部で発現することが報告されています。 

CAR-T:T細胞に「標的を認識して攻撃するための人工受容体(CAR)」を持たせる治療概念です。一般に知られるCAR-Tは、患者からT細胞を取り出して改変し戻すex vivo型で、製造工程や前処置(リンパ球除去化学療法)が普及の制約になると指摘されています。 

in vivo CAR-T:体外製造ではなく、LNPなどで遺伝情報(mRNA等)を届け、体内でT細胞を改変状態にする方向性です。「製造の複雑さを減らし、アクセスを改善し得る」という狙いが、プラットフォーム研究で述べられています。 

世界の現状:MASH治療とin vivo CAR-T研究の現在地

まず薬物療法の現状として、米国ではMASH(非肝硬変、線維化F2〜F3相当)に対し、resmetirom(Rezdiffra)が2024年に加速承認されました。 
同じく米国では2025年8月、semaglutide(Wegovy)がMASH(非肝硬変、線維化中等度〜高度)に対して加速承認され、添付文書でも「加速承認であり、確認試験で臨床的有用性を検証する可能性」が明示されています。 
semaglutideの第3相試験(ESSENCE)の中間解析では、病理評価で「線維化改善(MASH悪化なし)」等の指標においてプラセボより良い結果が報告されています。 
EUでもresmetirom(Rezdiffra)は条件付き販売承認の枠組みで進展があり、欧州委員会の決定文書が公開されています。 

ここに「in vivo anti-FAP CAR-T」という研究が乗ってきます。2026年の査読付き論文では、CD5を標的にしたLNPでanti-FAP CARのmRNAを届け、体内で一時的にanti-FAP CAR-Tを作る手法が、マウスのMASHで線維化低減につながったと報告されました。 
同論文は、FAP発現がヒトとマウスのMASHで肝星細胞に特異的だと示した上で、線維化低減に加えて免疫細胞・血管内皮・肝細胞にも非自律的影響が及ぶ可能性を示しています(単一核RNA解析などを用いたと記載)。 
また、この研究の背景には、がん・自己免疫領域で「in vivoでT細胞サブセットへmRNAを届ける」プラットフォーム研究があり、動物でのB細胞枯渇や腫瘍制御などが報告されています。 

※重要な補足:上記の2026年論文要旨には「承認された抗線維化療法がない」といった趣旨の記載が含まれますが、少なくとも米国では2024年(resmetirom)と2025年(semaglutide)にMASH向け薬が承認されています。研究背景文は執筆時点や抗線維化の定義に依存する可能性があるため、本記事では規制当局の一次情報を優先します。 

日本の現状:病名・有病率・承認状況・規制の観点

日本では、国際的な病名変更(MASLD/MASHなど)に対して、学会が日本語病名を整理したことを公表しています。 
疫学については、国内データでMASLDが増加傾向であることや、性別で30.3%(男性)・16.1%(女性)といった推計が報告されています(研究データに基づく報告)。 
患者向け資料では、NAFLDの有病率が日本で9〜30%とされ、患者が1,000万人以上と考えられる、NASHは3〜5%と推定される、といった整理が提示されています(一般向け資料であり、推計幅が大きい点に注意)。 
治療薬の承認状況は地域で異なります。日本では、semaglutide製剤の一つであるウゴービ(Wegovy)が「肥満症」を効能効果として承認され、最適使用推進ガイドラインも肥満症を対象に記載されています(MASH適応としての承認とは別問題です)。 
一方、米国でMASH適応のあるresmetiromについて、日本で同様に使用できるかは、少なくとも本記事作成時点の公開情報からは確認できませんでした。 

規制枠組みとの関係では、日本の医薬品医療機器総合機構は、再生医療等製品を「加工細胞を用いるもの」および「遺伝子治療目的で人の細胞に導入して使用するもの」と説明しています。 
同時に英語ページでも、遺伝子治療を再生医療等製品に含める整理が示されています。 
したがって、in vivo CAR-Tがどの区分で審査されるかは個別製品の設計に依存しますが、少なくとも日本の制度上、細胞治療・遺伝子治療には専用の枠組みがある、という点は押さえておくと理解が進みます。 

経済・社会への影響:なぜ「in vivo」発想が注目されやすいのか

MASHは生活習慣・代謝疾患と密接で、有病者が多い可能性がある一方、従来のCAR-Tが主に対象にしてきた血液がんとは患者数・治療提供体制の前提が異なります。 
in vivo CAR-Tは、体外での複雑な製造やリンパ球除去化学療法の必要性が、普及・アクセスを制約しているという問題意識から提案されています。 
実際、in vivo CAR-T開発企業の動きとして、AbbVieはCapstan Therapeuticsを買収し、in vivo tLNP anti-CD19 CAR-T候補が第1相にあると公表しています(MASHではなく自己免疫が中心)。 
この「製造のボトルネックを外す」方向性が、慢性疾患や大規模適応への拡張と相性が良いと期待されやすいことが、社会実装面での注目の理由です。 

今後の課題と展望

事実

  • FAPは線維化や組織再構築の場で発現し得る分子であり、肝線維化でも肝星細胞を含む活性化線維芽細胞系での関与が報告されています。 
  • FAP標的の細胞免疫はオンターゲット・オフタイト毒性(標的分子が正常組織にもあることによる障害)が課題になり得ます。実際、マウスでFAP標的CAR-Tにより骨髄毒性や悪液質が観察された報告があります。 
  • in vivo anti-FAP CAR-TのMASHデータは、現時点では動物実験(マウス)であり、ヒトでの安全性・有効性は未確立です。 

解釈

  • MASH薬が代謝改善・炎症制御を主軸に進むなかで、線維化を駆動する細胞(肝星細胞)を狙うという発想は、「効く患者層の違い」や「併用設計」の可能性を広げます。 
  • in vivo CAR-TがmRNAで一過性に設計される場合、理屈の上では「長期残存CAR-Tより制御しやすい」方向性になり得ます。ただし、毒性が短期化するだけでゼロになるとは限らず、臓器線維化のような慢性疾患では投与設計が難題です。 

推測

  • MASHの患者数規模を考えると、もし臨床で有効性が示されても、従来型CAR-T(施設・製造・コストが重い)より、in vivo型の方が社会実装に適した形へ寄せられる可能性があります。 
  • ただし、FAPのような線維芽細胞関連標的は、創傷治癒など生理的な組織修復にも関与し得るため、長期的な安全性評価(感染、組織修復遅延など)が“想像以上にハードル”になる可能性もあります。 

よくある疑問Q&A

Q:MASHはNASHと同じ病気ですか?
A:病態の連続性はありますが、主に呼称・分類の整理として、NAFLD/NASHからMASLD/MASHへ移行しています。日本でも学会が日本語病名を整理し公表しています。 

Q:in vivo anti-FAP CAR-Tは、もう治療として受けられますか?
A:現時点で中心となる根拠は「マウスでの研究報告」であり、一般診療として受けられる段階ではありません。 

Q:そもそもCAR-Tはがん治療では?なぜ脂肪肝炎に?
A:MASHの重症化を左右する線維化は、主に活性化した肝星細胞が駆動します。FAPは線維化に関わる細胞で発現し得るため、がん領域でのFAP標的研究を「線維化疾患」に転用する発想が出てきています。 

Q:FAPを狙うのは危なくないのですか?
A:注意が必要です。FAP標的T細胞で骨髄毒性や悪液質が観察された前例があり、オンターゲット・オフタイト毒性は重要な論点です。安全性をどう担保するか(標的選定、投与量、持続期間の制御)は今後の焦点です。 

Q:米国ではMASHの薬がすでに承認されているのですか?
A:はい。米国では2024年にresmetirom(Rezdiffra)、2025年にsemaglutide(Wegovy)が、非肝硬変で線維化を伴うMASHに対して加速承認されています。 

Q:semaglutideはMASHを治す薬ですか?
A:承認は加速承認であり、添付文書でも確認試験で臨床的有用性を検証する可能性が明記されています。また第3相試験では病理指標(炎症・線維化)で改善が報告されていますが、長期転帰(肝硬変進展抑制など)を含め、評価が継続されます。 

Q:日本ではMASHの治療薬は使えるの?
A:日本ではウゴービは肥満症を効能効果として承認され、最適使用推進ガイドラインも肥満症を対象にしています。MASH適応としての国内承認は別問題で、海外と同じ適応がそのまま使えるとは限りません。 

Q:MASHが心配な人は、次に何をすればいい?
A:まずは「脂肪肝=放置でよい」という誤解を避け、かかりつけ医で肝障害や代謝指標の確認、必要に応じて専門医相談が現実的です(本記事は医療アドバイスではありません)。一般向け資料でも、脂肪肝が進行し得ること、線維化評価に非侵襲検査が使われることが説明されています。 

結論

in vivo anti-FAP CAR-Tは、MASHの「線維化を駆動する細胞」を狙う、発想としては非常に切れ味のよい免疫療法です。2026年の査読論文はマウスで線維化低減を示しましたが、ヒトでの安全性・有効性は未確立であり、特にFAP標的の毒性可能性は軽視できません。 
一方、米国ではすでに薬物療法が進展しており、研究としてのin vivo CAR-Tは「次の世代の抗線維化アプローチ候補」として位置づけるのが現実的です。 
具体的には、(1)自分がどの段階のリスクかを把握する、(2)国内承認の範囲と海外情報を混同しない、(3)研究ニュースは「動物→第1相→第2/3相→承認」の段階で読み分ける、という3点が行動の軸になります。 

参考

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