サステナビリティ開示は、投資家が企業価値を評価するための情報として制度化が進み、いわゆる「任意のCSR」から「法定開示・保証」の領域に近づいています。日本では、2023年から有価証券報告書にサステナビリティ欄が設けられ、SSBJ基準の適用義務化と第三者保証の導入が段階的に進む方針が示されています。
海外でも、EUはCSRD/ESRSを基軸にしつつ2025〜2026年に適用範囲・時期の見直し(Omnibus等)を進め、米国ではSECルールが訴訟・手続上の不確実性を抱える一方、カリフォルニア州は企業向け気候開示の期限が具体化しています。
企業法務の実務は「規制の有無を調べる」だけでなく、(1)適用判断、(2)根拠(証拠)と内部統制、(3)サプライチェーン契約、(4)虚偽記載・グリーンウォッシュ等の責任リスクの設計まで広がります。
導入:なぜ今このテーマを見るべきか
日本の制度面では、金融庁が「サステナビリティ情報の開示」を特集ページで整理しており、2023年の内閣府令改正により、有価証券報告書等で「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設されたこと、人的資本・多様性指標(例:女性管理職比率など)の開示も求められることが明記されています。
さらに、金融審議会の議論を踏まえ、一定のプライム市場上場企業について、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)基準に準拠した開示義務化と第三者保証の導入が段階的に進む方針が整理されています。
ここで「企業法務」が重要になる理由は、サステナビリティ開示が経営の意思だけでは成立せず、法令・規制・契約・責任(有事の説明責任)を横断する設計物だからです。特に有価証券報告書のような法定開示では、後から「言い過ぎました」「根拠が弱かったです」が通りにくく、事前のレビュー体制と証拠(エビデンス)設計が効きます。
サステナビリティ開示の定義と、開示が生まれる「社内バリューチェーン」
サステナビリティ開示は、国際的には国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が策定する基準(IFRSのS1/S2)などを軸に、投資家が企業価値を評価するために持続可能性に関するリスクや機会を比較可能に開示する流れが強まっています。IFRS側は、TCFDの提言がISSB基準に取り込まれていること、そしてTCFDが2023年に役割を終えて解散したことを説明しています。
この「投資家向けの開示」と「任意の広報(例:サステナビリティレポート)」は似て非なるものです。日本でも、有価証券報告書等におけるサステナビリティ情報は制度枠組みの中に位置づけられています。
社内で見ると、開示はだいたい次の流れ(バリューチェーン)で作られます。
上流(現場データ)→中流(集計・判断・統制)→下流(提出・説明)に分けると、企業法務が効くポイントが見えやすくなります。
- 上流:GHG、エネルギー、人事、調達、製品、サプライチェーンなどの一次データが発生
- 中流:重要性(materiality)判断、算定方法の選択、見積り・将来情報の前提整理、内部レビュー、監査・保証対応
- 下流:有価証券報告書等への記載、投資家説明、当局対応、訂正や追補(必要なら)
基本用語:Scope1/2/3とは
温室効果ガス排出量の「Scope1/2/3」は、GHG Protocolの整理が広く使われます。Scope1は自社が所有または支配する源からの直接排出、Scope2は購入エネルギーの発電に伴う間接排出、Scope3はサプライチェーン(上流・下流)にまたがるその他の間接排出です。
日本の制度面でも、Scope3の定量情報については虚偽記載責任の考え方(セーフハーバー)を含め、環境整備が進められています。
海外の現在地:EU・米国・カリフォルニア州
欧州連合では、CSRD/ESRSを軸にサステナビリティ報告を制度化していますが、2025〜2026年にかけて「適用時期の繰延べ」や「対象企業の絞り込み」を含む簡素化が進みました。具体的には、Stop-the-Clockと呼ばれる指令(EU 2025/794)で適用時期の一部が後ろ倒しされ、さらにOmnibus I指令(EU 2026/470)により、CSRDの適用範囲が従業員1,000人超かつ売上高(正味)4億5,000万ユーロ超の企業等に絞り込まれる方向が示されています。
ESRSは「ダブル・マテリアリティ(企業が社会・環境に与える影響と、サステナビリティ課題が企業に与える財務上の影響の両面)」を前提に設計されていることが、ESRSの資料上で明確にされています。
加えて、ESRSの「Quick Fix」など、実務負荷の調整も行われています。
米国証券取引委員会(SEC)は2024年に気候関連開示ルールを採択しました。
ただし、その後SECは2025年に当該ルールを裁判で守る立場をやめる決定を公表しており、訴訟手続も「SEC側の次のアクション待ち」という形で保留されている旨が整理されています(制度の先行きが読みづらい局面)。
この状況は、米国での「一律の連邦ルール」を前提に社内体制を組むよりも、投資家要求や州法(後述)も含めた複線対応を考える必要がある、という示唆になります。
カリフォルニア州では、企業の排出量報告等を求めるSB 253について、California Air Resources Board (CARB)が初期規則を採択し、初年度の報告期限を2026年8月10日(Scope1/2)とする旨を公表しています。
一方、気候関連財務リスク報告を求めるSB 261は、裁判所命令によりCARBが現時点で執行しておらず、報告が任意になっていること、そして任意報告のためのドケット(受付)が設けられていることが、CARB自身のページで説明されています。
日本の現在地:有価証券報告書→SSBJ基準→保証へ
日本では、2023年の改正により、有価証券報告書等に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、まず枠としての開示が求められるようになりました。
その次の段階として、SSBJ基準に準拠した開示を、時価総額の大きいプライム市場上場企業から順次義務化する方針が整理されています(例:3兆円以上は2027年3月期、1兆円以上は2028年3月期、5,000億円以上は2029年3月期)。
また、開示義務化の開始時期の「翌年」から第三者保証を義務付ける方針、保証範囲は当初2年間は限定し、その後は国際動向等も踏まえて検討する方針が示されています。
保証業務実施者は登録制(法人)とし、監査法人に限らず要件を満たせば登録可能とする制度イメージも示されています。
制度設計の条文側としては、2026年2月の内閣府令改正等により、東京証券取引所プライム市場(告示指定)に上場し、平均時価総額が1兆円以上の会社に対して、SSBJ基準に従って有価証券報告書等でサステナビリティ情報を記載する義務を課す考え方が示されています。
この改正では、(1)適用開始から2年間の「二段階開示」を可能にすること、(2)Scope3の定量情報に関するセーフハーバーの考え方、(3)将来情報やScope3の定量情報について推論過程・社内手続の記載を求めること、が明示されています。
SSBJ基準と国際基準の関係(アップデートのされ方)
SSBJは2025年3月に3つの基準(適用、一般開示、気候関連)を公表しています。
その後、ISSBが2025年12月にIFRS S2の一部修正(温室効果ガス排出の開示に関する修正)を公表したことを踏まえ、金融庁は2026年3月、SSBJの改正後基準を「サステナビリティ開示基準」として指定するための手続きを進めています(改正内容として、Scope3カテゴリー15(投資)におけるファイナンスド・エミッション等の扱いの明確化などが説明されています)。
ここが実務上のポイントで、サステナビリティ開示は一度作ったら終わりではなく、国際基準の更新や当局の指定替えが起こり得ます。企業法務は、開示内容だけでなく「更新に追随する仕組み(ガバナンス)」まで設計対象に入れる必要があります。
企業法務が担う仕事:本記事の整理軸「4つの責任レンズ」
ここからは、制度の話を「企業法務の仕事」に落とし込みます。
レンズA:適用判断(どのルールに従う会社か)
日本でも、対象企業の区分は「取引所(プライム市場)」「平均時価総額」など具体的な基準で設計されています。
海外はさらに複雑で、EUは従業員数・売上高等の閾値、カリフォルニア州は「州内で事業を行うか」等の定義が論点になります。
法務が最初にやるべきは「どの事業体(親会社・子会社・支店)が、どの法域で、いつから、何を提出するか」を法的に説明できる形で整理することです。ここが曖昧だと、後工程(算定・保証・提出)が全てブレます。
レンズB:根拠と内部統制(虚偽記載に耐える証拠の設計)
日本の有価証券報告書は、虚偽記載等がある場合に役員の責任が問題となり得ること、また将来情報を含むサステナビリティ情報については、前提となる事実や社内検討の記載が重要になることが、日本監査役協会の整理でも明記されています。
金融庁も、将来情報やScope3の定量情報について「推論過程」や「社内の開示手続」を記載することを求め、Scope3については一定の場合に責任を負わない(セーフハーバー)考え方を示しています。
法務の役割は「表現チェック」だけではありません。たとえばScope3は推計や外部データに依存しやすいので、(1)算定境界の決定記録、(2)使用データの出所・更新日、(3)重要な仮定、(4)レビューの承認記録、(5)差異が出た場合の訂正ルール、まで証拠として残す設計が要ります。
レンズC:契約・サプライチェーン(Scope3の情報を「取れる」状態にする)
Scope3はバリューチェーン全体の排出で、上流・下流の取引先データが必要になります。
ここで企業法務が効くのは、調達契約・委託契約・共同開発契約などに「データ提供義務」「算定方法の整合」「監査/保証に必要な証憑の保持」「秘密情報の取り扱い」「虚偽提供時の是正・補償」を織り込む部分です。サステナビリティ開示が義務化すると、お願いベースの回収は限界が来るため、契約条項・契約運用が実務のボトルネックになり得ます。
レンズD:リスク対応(グリーンウォッシュ、当局対応、説明責任)
EUでは消費者向け領域でも、Directive (EU) 2024/825が採択され、加盟国での国内法化期限(2026年3月27日)と適用開始(2026年9月27日)が示されています。
米国では、Federal Trade Commissionが環境表示に関する「Green Guides」を公表し、誤認を招く環境主張を避けるための指針として位置づけています。
投資家向け開示(有価証券報告書)と、消費者・取引先向け表示(広告・製品ラベル・ウェブサイト)がズレると、規制当局・市場から「グリーンウォッシュ」と評価されるリスクが上がります。法務は開示物の整合性を監視する役割(少なくとも論点提示役)を担う必要があります。
よくある誤解
「サステナビリティ開示は、環境に良いことを書けばよい」
→制度の中心は「投資家にとって比較可能で意思決定に有用な情報」を整えることです。日本のWG資料でも投資家による企業価値評価や比較可能性・有用性の向上、投資家保護の必要性が背景として示されています。
「海外規制は海外子会社だけの話」
→EUは域内売上や従業員数などで対象が決まり、カリフォルニア州も州で事業を行う企業を対象にします。日本本社でも、グループ構造や地域売上次第で影響を受け得ます。
「Scope3は推計だから責任は問われない」
→日本ではScope3のセーフハーバーの考え方が整備されつつありますが、「推論過程」や「社内手続」が合理的範囲で具体的に記載されていること等が前提です。つまり何でも免責ではなく、作り方と説明の仕方が問われます。
よくある疑問Q&A
Q. 有価証券報告書のサステナビリティ開示は、いつから義務ですか?
A. まず、2023年の改正で有価証券報告書等にサステナビリティ欄が新設され、開示が求められています。
Q. SSBJ基準に基づく開示は、どの会社が対象ですか?
A. 2026年2月の制度整備では、プライム市場上場会社のうち平均時価総額1兆円以上の会社にSSBJ基準に従った記載を義務づける考え方が示されています。
A. ロードマップ・WG概要では、時価総額区分に応じた段階適用(3兆円以上→1兆円以上→5,000億円以上)が示されており、今後の拡大も示唆されています。
Q. 二段階開示とは何ですか?
A. 適用開始から2年間、まず有価証券報告書を提出し、その後に必要事項を記載した訂正報告書を提出できる(提出期限までに段階的に整える)仕組みとして整理されています。
Q. 第三者保証はいつから、どこまでが対象ですか?
A. WG概要では、開示基準の適用義務化開始の翌年から保証を義務付け、当初2年間は保証範囲を限定し、その後の拡大は検討するとされています。
Q. 米国SECルールは、結局どうなりましたか?
A. SECは2024年にルールを採択しましたが、2025年に訴訟上の防御をやめる決定を公表しています。裁判手続もSECの次のアクションを待つ形で保留になっており、現時点で確実な着地を断言できません。
Q. カリフォルニア州のSB 253 / SB 261は、日本企業にも関係しますか?
A. CARBはSB 253の初年度期限(2026年8月10日)を示し、SB 261は裁判所命令により任意報告(不執行)と説明しています。「州で事業を行う」等の定義次第で対象になり得るため、米国拠点や売上のある企業は要注意です。
結論:このテーマをどう見るべきか
サステナビリティ開示と企業法務の本質は、「良いことを語る」ではなく「将来に関する前提・推計を含む情報を、制度に耐える形で説明可能にする」点にあります。
実務の勝ち筋は、(1)適用判断の確定(どの規制がいつからか)、(2)データと意思決定の証拠化(内部統制+記録)、(3)サプライチェーン契約で取れる仕組みを作る、(4)開示と表示の整合(グリーンウォッシュ予防)、の4点を早めに回すことです。
特に2026年は、日本の府令改正の具体化、EUの簡素化後の再設計、米国連邦ルールの不確実性、カリフォルニア州の期限到来が重なるため、「制度の揺れを前提に、社内の耐える骨格を作る年」になりやすいでしょう。
参考
(閲覧日:2026-04-08)
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URL: https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20260108/02.pdf
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