宇宙開発の新時代・宇宙で起きている官民メガ提携:月探査と通信網が生む巨大マネー

宇宙をめぐる動きが大きな転換点を迎えています。近年は世界各国でロケット打ち上げ数が急増し、2024年には年間261回と過去最多を記録しました。SpaceX(スペースX)のような民間企業の台頭で打ち上げコストが低下し、この流れを牽引しています。地球周回軌道上の人工衛星も急増し、2024年に稼働中の衛星はついに1万基を突破しました。特に通信衛星や地球観測衛星といった実用目的の衛星が増加の主因となっています。もはや宇宙は一部の専門家だけの舞台ではなく、技術だけでなく政治・経済を巻き込む巨大な潮流となってきました。

広がる宇宙開発の争点

アポロ計画の時代、宇宙開発は科学技術と大国の威信競争が中心でした。しかし21世紀の今、宇宙をめぐる争点は格段に広がっています。月面探査の再始動や衛星通信網の構築といったプロジェクトが各国で活発化し、それに伴い安全保障(宇宙空間の軍事利用)、通信規格の標準化(宇宙インターネットの共通仕様づくり)、データ共有(衛星による観測データの公開範囲)などが重要な課題として浮上しています。宇宙は地上の経済活動とも密接に結びついた市場になりつつありますが、その競争を管理・規制する秩序作りはまだ十分ではありません。宇宙空間における新たなルール整備や国際協調の枠組みを巡って、各国の思惑が交錯する状況です。

こうした争点化の背景には主に次のような原因があります。

  • 地政学的な競争激化
    宇宙が米中を中心とする大国間競争の最前線となりました。中国は独自の宇宙ステーションや月面基地構想を進め、米国は宇宙で他国に後れを取らないと宇宙軍を創設するなど、宇宙での優位確保に動いています。地上の国際対立がそのまま宇宙に投影され、各国とも宇宙で主導権を握ることに躍起です。
  • 技術革新と民間活力
    再使用型ロケットの実現など技術進歩で宇宙アクセスのハードルが下がりました。スペースXのファルコンロケットは打ち上げコストを劇的に下げ、大量の衛星投入を可能にしています。また、衛星の小型化・低価格化でベンチャー企業も参入し、市場競争が活発化しました。民間の創意工夫とスピードを取り入れることで宇宙開発を加速しようと、各国政府も官民連携を拡大しています。
  • 安全保障と宇宙依存
    軍事・経済の両面で宇宙への依存度が高まっています。位置情報(GPSなど)や気象データ、通信インフラは衛星なくして成り立たず、衛星なくして現代社会は回りません。宇宙資産(衛星)の防護や敵対国の衛星への対処は安全保障上の急務となりました。例えば中国やロシアは他国衛星を無力化し得るキラー衛星やミサイルを開発しており、日本の防衛省は2025年に初の「宇宙領域防衛指針」を策定して対策強化に乗り出しています。宇宙空間は第4の戦場領域とも呼ばれ、各国が監視体制(宇宙状況把握: SSA)の構築や対抗手段の検討を急いでいる状況です。
  • 宇宙経済への期待
    宇宙産業は今や年間数十兆円規模に成長しつつある巨大市場です。世界の宇宙経済規模は2019年時点で約4,238億ドル(約45兆円)と推計され、さらに2040年頃までに1兆ドル(約140兆円)規模へ拡大すると予想する声もあります。衛星通信や宇宙観測データサービス、新興の宇宙旅行・資源採掘ビジネスまで、多様な分野で商機が見込まれています。その潜在的利益を自国産業にもたらそうと、各国政府は宇宙関連予算を増額し産業政策にも力を入れています。宇宙への投資競争は経済政策の一部ともなっているのです。
  • 象徴的な出来事
    2022年のロシアによるウクライナ侵攻では、宇宙インフラの重要性が誰の目にも明らかになりました。米企業スペースXの衛星通信網Starlink(スターリンク)がウクライナ軍民の通信維持に大きく寄与した一方、その運用をめぐって政治的駆け引きが生じたことは、特定の国や企業への依存リスクを各国に認識させました。この事例は欧州が独自の安全保障通信衛星網整備に舵を切る一因ともなっています。また同年、ロシアが行った衛星破壊実験(ASAT)で生じた大量のデブリ(宇宙ごみ)が各国衛星や国際宇宙ステーションに危険を及ぼし、宇宙環境保全の課題を浮き彫りにしました。こうした現実の出来事が各国の宇宙政策に与えるインパクトも大きく、予算やルール作りの議論を加速させています。

以上のような背景から、宇宙開発は技術競争の枠を超え、国家戦略・経済政策上の最重項目となりつつあります。それでは、現在の世界と日本では具体的にどのような動きがあるのでしょうか。その状況を詳しく見てみます。

世界の動向:協調と競争の二極化

米国と国際協調の旗振り役

アメリカは冷戦期から宇宙開発を主導してきた超大国ですが、近年は一段と積極的な姿勢を見せています。最大の注目はアルテミス計画です。アルテミス計画は人類を再び月に送り込み、将来的な月面長期滞在や資源利用、さらには火星探査への道を開く国際プロジェクトです。NASAは2022年に無人試験機アルテミス1号を打ち上げ、2024年には有人月周回のアルテミス2号、2025年以降に有人着陸(アルテミス3号)を目指しています。これを支えるため、アメリカは各国と協力関係を築き「アルテミス合意 (Artemis Accords)」を提唱しました。アルテミス合意は宇宙空間の平和利用や資源利用の原則などについて定めた非拘束力のある国際ルールで、2020年に日米欧など8か国で発足し、その後賛同国を増やしています。2026年1月時点で署名国は61カ国に達し、日本や欧州主要国を含む広範な支持を集めています。

アルテミス合意のポイントは、既存の宇宙条約を補強しつつ新たな原則を共有することです。例えば互換性(インターオペラビリティ)の確保があります。参加各国は宇宙機やインフラの設計で可能な限り国際的な標準仕様を採用し、新規に必要な標準があれば共同で策定して従う努力をすることで合意しています。これにより将来、異なる国の月面ローバーや通信システム同士が円滑に接続・協調できる体制を目指しています。また科学データの公開も重要な原則です。NASAは従来から探査データの即時公開を方針としており、アルテミス合意でも参加各国が科学データをオープンに共有し、成果を全世界に公開することを約束しています。この透明性によって国際的な信頼を高め、協調的な探査を進める狙いがあります。そのほか、宇宙飛行士の救難支援、宇宙遺産の保存、宇宙資源利用の平和目的での実施なども盛り込まれ、合意国は持続可能な宇宙開発の模範を示そうとしています。

これらの原則の背景には、アメリカが築いた国際協調の枠組みによって宇宙におけるルールメイキングで主導権を握りたい思惑があります。アルテミス計画そのものも、アメリカ単独ではなく日本や欧州、カナダなどとの共同プロジェクトです。月周回基地ゲートウェイの建設や、月面ローバー開発などで各国が分担し、費用や技術負担をシェアしています。例えば欧州宇宙機関(ESA)はゲートウェイ用居住モジュールやサービスモジュールを提供し、日本も生命維持システム開発や補給機(HTV-X)の供給を約束しています。また民間企業も積極的に活用され、NASAは月着陸船(HLS)をスペースX社などに発注し、月面輸送サービス(CLPS)ではアストロボティック社など複数の民間企業と契約を結びました。このように官民・各国の大型提携で月開発を進めるのがアルテミスの特徴です。

軍事面でも米国は宇宙への注力を強めています。2019年には宇宙軍 (Space Force)を創設し、衛星防御や敵対衛星の追跡監視能力を拡充中です。国防総省の宇宙関連予算も年々増加し、NASAと並んで米宇宙政策の二本柱となっています。米国の宇宙予算(NASA分)を見ると、2023年度は約253.8億ドルで、2028年度には約294.2億ドルの要求がなされています。防衛分野まで含めた総額ではさらに巨額であり、まさに国家を挙げた投資と言えます。アメリカはこうした資金力と外交力を梃子に、自国のルールや標準をグローバルスタンダードに押し上げる戦略をとっているのです。

中国・ロシアによる対抗ブロック

一方で、米国主導の枠組みに与しない勢力も存在します。その中心が中国とロシアです。両国は協力して国際月研究ステーション(ILRS)という月面基地構想を掲げ、独自のパートナー網を築こうとしています。2021年に中露はILRS協力に関する覚書を交わし、将来の月極基地の建設・運用計画を発表しました。ILRSは2030年代に月南極付近へ無人・有人拠点を整備する野心的計画で、科学探査だけでなく資源利用も視野に入れています。中国は嫦娥計画で月探査を着実に進め、2020年に嫦娥5号で月面からのサンプルリターンに成功。ロシアも長年の月探査実績があります(※もっとも2023年のロシア探査機ルナ25号は墜落し失敗)。両国はこれらを背景に、西側とは別の月開発シナリオを描いているのです。

中国・ロシアはまた、自らの協力圏に他国を引き入れる外交も展開しています。2023年時点で、中国・ロシアに加えアゼルバイジャン、ベラルーシ、エジプト、パキスタン、南アフリカ、ベネズエラなど十数か国がILRSに協力する意向を示しています。これらは新興国や中国と関係の深い国々が中心で、米国のアルテミス合意に署名していない国が多いです。とはいえILRSはまだ初期構想段階で、具体的な国際合意や法的枠組みはアルテミスほど明確ではありません。中国はオープンな国際協力プロジェクトと位置付けて参加を呼びかけていますが、資金や技術力の面で主導権は中国自身が握るとみられます。ロシアはウクライナ侵攻以降、西側から孤立を深め宇宙協力も停滞していますが、中国との提携で活路を見出そうとしています。

米国と中国の間には、宇宙における理念や規範への考え方に違いが見られます。たとえばアルテミス合意国は月や小惑星の資源利用を認めていますが、ロシアは米国が月面での資源採掘を正当化しようとしていると批判してきました。またデータ公開についても、中国やロシアは必ずしもリアルタイムで全データを世界に公開するわけではなく、戦略物資として扱う側面があります(※中国は科学データを一定期間後に公開する場合もありますが、自国での先行利用を優先)。通信や測位の標準化でも、米国GPSに対抗して中国は独自の測位衛星「北斗」を完成させ、他国に利用を促しています。衛星通信についても、米国企業スターリンクに対抗して中国版スターリンクとも言える巨大計画を開始しました。「国網 (Guowang)」と呼ばれるプロジェクトで、低軌道に13,000基以上の通信衛星を打ち上げて世界的なインターネット網を構築する構想です。2022年に計画が始動し、中国国家航天局の関連企業が2025年までにすでに100機超の試験衛星を打ち上げました。これは明らかにスペースXスターリンクへの対抗であり、中国はこのネットワークを民生と軍事の両面で活用するとされています。ロシアも独自の衛星通信構想「スフェーラ」を掲げていますが進捗は限定的です。

要するに、中国・ロシアは米国主導の標準やルールには乗らず、自前で技術圏・経済圏を築こうとしています。ただし現状では経済力・技術力で勝る米国側が広い支持を集めており、宇宙分野でも西側 vs 中露の構図が色濃くなっています。この対立は新たな宇宙冷戦と呼ばれることもありますが、一方で地球規模の課題(デブリ対策や惑星保護など)では協調も必要なジレンマがあります。中露がアルテミスに今後も参加しない場合、月面で別々の基地や通信網が並立し互換性のない状況になる恐れもあります。それは非効率なだけでなく、万一事故やトラブル時の相互救援にも支障を来す可能性があります。現時点で両陣営の溝を埋める調停策は見えず、国連の宇宙委員会などでのルール作りに期待がかかります。

欧州・その他各国の動き

欧州は伝統的に宇宙開発で米国と協力関係にあり、アルテミス計画にも深く関与しています。ただ欧州にも独自の利害があります。EUおよびESAは自主的な宇宙インフラ構築を重視しており、米国依存を減らす施策を進めています。顕著な例がガリレオ(独自の衛星測位システム)やコペルニクス(地球観測衛星プログラム)です。さらに最近では安全保障上の通信独立を目指し、IRIS²と呼ばれる欧州版衛星通信コンステレーション計画を発表しました。IRIS²は約170機の衛星から成る多軌道ネットワークで、政府や企業に暗号化通信サービスを提供するものです。EUはロシアのウクライナ侵攻とスターリンクの活躍を受け、欧州が米国企業の通信網に過度に依存するのは危ういという認識を強めました。そこで2022年末にIRIS²計画を決定し、予算約60億ユーロ(約10.6億ユーロに増大とも)を投じて2027年までの初期運用開始を目指しています。これはEU初の本格的公共・民間パートナーシップ(PPP)による宇宙プロジェクトで、欧州企業コンソーシアムが開発・運用に当たります。しかしコスト超過やスケジュール遅延も早くも課題となっており、当初予定の2024年稼働が2030年以降にずれ込む可能性も指摘されています。それでも欧州各国は主権通信インフラの確立に強い意義を見出しており、複雑な利害調整を乗り越えようとしています。

月探査でも欧州は積極的です。ESAはアルテミスに協力する一方、自主プロジェクトとして「ムーンライト (Moonlight)計画」を進めています。ムーンライトは月周回に通信・測位衛星のコンステレーションを配置し、月面の探査機や基地に通信・ナビゲーションサービスを提供しようという構想です。2024年にESAと欧州企業連合(主導はテレスパツィオ社)が正式契約を結び、まず2026年に試験機「ルナパスファインダー」を投入、2028年から本格サービス開始を目指しています。このムーンライト計画もPPP方式で、英宇宙庁・伊宇宙庁が資金支援し欧州産業界にチャンスを与える形です。ムーンライト衛星群はNASA提唱のLunaNet標準に準拠し、アルテミスの宇宙機とも互換性を確保する予定です。欧州は月経済圏の礎となる通信測位インフラを自前で構築し、将来の商機を逃さない狙いです。イギリスやイタリアが先導的役割を果たし、他の加盟国も追随しています。欧州のこうした動きは、米国協調路線を維持しつつも独自の存在感を示すバランス外交と言えるでしょう。

その他の国々もそれぞれの思惑で宇宙に参入しています。インドは2023年に月面探査機「チャンドラヤーン3号」で史上初めて月の南極付近への軟着陸に成功しました。この快挙でインドは一躍月探査のメジャープレイヤーとなり、今後は自国宇宙飛行士の打ち上げや火星探査も計画中です。インドは米中いずれにも一辺倒ではなく、自律的な宇宙大国を目指しています。中東やアジアの新興国も宇宙に進出しています。UAE(アラブ首長国連邦)は火星探査機「ホープ」を独自開発して2021年に火星周回に成功、さらに月面ローバーや宇宙飛行士計画にも投資しています。韓国も月探査機「ダヌリ」を2022年に米国から打ち上げ、月周回軌道に投入しました。トルコやブラジルなども人工衛星開発や宇宙飛行士計画を発表しています。このように各国が宇宙に野心を示す中、国際協力の枠組みも多様化しています。米欧日の先進国グループ、中国・ロシアの協力圏、そして非同盟的に独自路線を模索する国々が、それぞれの立場で宇宙に関わり始めている状況です。

日本の現状と課題

日本は宇宙開発の古参国の一つであり、1960年代に世界で4番目の人工衛星打ち上げ国となりました。しかし長らく平和利用に限定し軍事利用を自主規制してきた経緯もあり、宇宙開発の国家戦略上の位置づけが曖昧な時期が続きました。転機となったのは2008年の宇宙基本法制定です。この法律で宇宙開発利用は安全保障の確保、産業の振興、国民生活の向上に資するべきと明記され、宇宙政策は単なる研究開発から国家の総合戦略事項へと格上げされました。以降、日本は徐々に宇宙予算を拡充し、安全保障目的の衛星(情報収集衛星や防衛通信衛星)の導入、民間事業参入の促進などに舵を切りました。

現在、日本はアルテミス計画の主要パートナーとして存在感を示そうとしています。2019年に米国のアルテミス計画参加を正式決定し、2020年10月にはアルテミス合意に署名しました。日本の具体的貢献は多岐にわたります。まず有人月周回拠点ゲートウェイ計画では、居住棟(I-HAB)の一部をESAと共同開発し、物資補給機HTV-Xを提供します。さらには日本人宇宙飛行士の月面派遣も視野に入っています。日米間の約束では、ゲートウェイへの日本人搭乗と将来的な月面着陸の機会が認められており、史上初の日本人月面歩行が期待されています。月面探査車についても、トヨタ自動車とJAXAが共同で有人与圧ローバー(通称「ルナクルーザー」)を開発中で、2029年頃の月面走行を目指しています。トヨタや三菱重工など自動車・重工業各社は自社の地上技術を月で応用すべく積極的に関与しており、日本の産業界も月探査に熱意を示しています。また、日本のスタートアップ企業ispace(アイスペース)は月面輸送ビジネスを掲げ、2023年4月に世界初の民間月面着陸に挑戦しました(結果は着陸寸前で通信を喪失し失敗)。この挑戦は失敗に終わったものの、日本企業の技術力と大胆さを国内外に示し、大きな話題となりました。ispaceは2024年にも再挑戦を試みましたが再度失敗し、現在は次のミッションに向けて体制強化中です。それでも、こうした民間の挑戦を政府が支援する体制が整いつつあり、日本の宇宙産業エコシステムにも活気が生まれています。

日本政府は宇宙予算の大幅強化にも踏み出しています。2021~2022年度には年間4,000~5,000億円規模の宇宙関係予算を計上し、それ以前(約3,000億円規模)から一段高い水準に引き上げました。さらに2023年には今後10年間で総額1兆円規模を投じる「宇宙開発戦略推進費」が創設されました。これは年間ベースで約1000億円を上乗せ投入する計画で、日本の宇宙予算にとって過去最大の拡充です。目的は人工衛星開発・打ち上げや宇宙探査・輸送技術の強化で、特に民間企業や大学との協力プロジェクトを支援する資金として使われます。この大型基金によって、古河電工NEC三菱電機といった伝統的宇宙産業だけでなく、アストロスケール(宇宙ゴミ除去ベンチャー)やインターステラテクノロジズ(民間ロケット開発)など新興企業も恩恵を受ける見込みです。実際、日本の宇宙ベンチャー企業は2010年以降に数多く誕生し、全体の半数近くを占めています。政府の資金支援で彼らの技術実証やビジネス開拓が進めば、日本発の宇宙ビジネスも国際競争力を持ち得るでしょう。

安全保障面でも日本は方針を転換しました。2018年の防衛計画大綱で宇宙分野の優位確保を初めて最優先事項に掲げ、航空自衛隊内に宇宙作戦部隊を新設。米軍との宇宙領域協力も深め、2023年には米国の最新宇宙監視レーダーを山口県に配備することを決定しました(宇宙ごみや不審衛星を監視)。2025年策定の宇宙防衛指針では、中国やロシアのキラー衛星開発に強い警戒感を示し、自衛隊衛星の防護や妨害への対処能力強化を打ち出しています。具体策として、小型偵察衛星コンステレーションの整備や、新たな軍事通信衛星の開発、敵衛星を無力化し得る手段(電波妨害やサイバー攻撃)の検討などが挙げられました。これらはまだ詳細非公表ですが、日本が従来タブー視してきた宇宙の軍事利用にも本格的に乗り出したことを意味します。

このように日本は科学技術の宇宙から経済・安全保障の宇宙へと政策の重心を移しつつあります。宇宙基本計画には自立した宇宙利用大国となる目標が掲げられ、官民あげて宇宙で存在感を示す戦略が進行中です。ただし課題も多く残っています。例えば主力ロケットH3の初打ち上げ失敗(2023年)は痛手で、信頼性確保と競争力向上が急務です。衛星開発でも、国内需要に頼ったビジネスモデルから脱却し海外市場を開拓する必要があります。アメリカやヨーロッパに比べ、日本の宇宙産業規模はまだ桁違いに小さく(2019年で約3,431億円)、民間主導の宇宙ビジネス大国となるには一層の投資と人材育成が必要でしょう。

宇宙開発が経済にもたらすもの

宇宙開発の政治・安全保障面の意義を述べてきましたが、その経済への影響も見逃せません。現代経済は宇宙インフラ抜きでは成立しないほど依存を深めています。例えば測位衛星(GPSや北斗など)の経済価値は莫大で、物流・建設・金融取引のタイミングに至るまでGPSの高精度時刻情報が使われています。欧州委員会の試算では、EU域内のGDPの10%以上が衛星測位システムに直接依存しているとの報告もあります(※日本でも同様の状況と推測されます)。通信衛星も遠隔地通信や機内・船上インターネット、災害時バックアップ回線など社会の隅々で機能しています。気象衛星の気象予報データは農業・漁業・航空など産業の計画に不可欠ですし、地球観測衛星が提供する画像は災害被害の迅速把握やインフラ点検、さらには金融市場での作柄予測にまで活用されています。つまり宇宙は産業の見えない土台として現代経済を下支えしているのです。

さらに、宇宙開発そのものが新産業を生み出しつつあります。宇宙ビジネスと総称される市場には、大きく次のような領域があります。

  • 衛星製造・打ち上げサービス
    小型衛星コンステレーションのブームで、衛星を量産するビジネスや打ち上げロケット産業が成長しています。世界の小型衛星打ち上げ数は過去10年で約12.6倍に増え、打ち上げ事業の7割超はStarlinkOneWebといった民間企業向けが占めています。この需要に応えるべく各国で新型ロケット開発が相次ぎ、日本でもH3ロケットや民間のゼロロケット計画があります。打ち上げビジネスは国際商戦となっており、コスト競争力と信頼性確保が利益を左右します。
  • 通信・放送サービス
    衛星ブロードバンドや衛星携帯通信は地上インフラが届かない地域へのサービスとして期待が高まっています。スターリンクはすでに全世界で数百万ユーザーを獲得し(2023年には加入者が倍増ペース)、アマゾンも「プロジェクト・カイパー」で競合に参入予定です。欧州IRIS²や中国国網など公的プロジェクトも市場参入し、今後は複数ネットワークが競合または相互補完する形になりそうです。市場規模はインターネット普及率向上と共に拡大し、通信衛星サービス分野だけで数兆円規模になるとの予測もあります。
  • 測位・ナビゲーション
    上述の通り衛星測位の経済価値は計り知れません。米国GPSに加え、ロシアGLONASS、欧州Galileo、中国北斗と主要国がシステムを運用しており、各国がそれらを組み合わせ高精度化や信頼性向上を図っています。今後、自動運転やドローン運用が広がればセンチメートル級の測位需要が爆発的に増え、衛星測位市場はさらに拡大すると見込まれます。日本も4機の準天頂衛星「みちびき」でGPSを補完し、2020年代後半には7機体制に拡充予定です。こうした衛星測位インフラへの投資リターンは、精密農業の効率化や物流自動化といった形で表れるでしょう。
  • 地球観測データ
    高解像度の地球観測衛星や合成開口レーダー(SAR)衛星が増え、衛星データ経済とも呼ぶべき市場が形成されています。米マクサー社の衛星写真はウクライナ戦況の可視化に貢献し、社会にインパクトを与えました。またプラネット社のように毎日地球全土を撮影する衛星網も登場し、地表の変化を商業的にモニタリングできます。これらのデータは環境監視・金融分析など様々な用途で売買される商品です。政府も衛星データをオープン化し始め、欧州はコペルニクスのデータを無料公開、日本もG空間情報センターで公開を進めています。将来的にはデータ利活用産業が宇宙産業全体の主要な収益源になる可能性があります。
  • 宇宙旅行・有人宇宙
    スペースXの「クルードラゴン」による民間人宇宙旅行や、ブルーオリジン社の弾道飛行が話題になりました。まだ富裕層向けの限られた市場ですが、将来的にはコスト低下で拡大も期待されます。また民間宇宙ステーション計画(アクシオム社など)が進行中で、将来ISS退役後は商業宇宙ステーションが研究や観光で使われる時代が来るかもしれません。日本企業も宇宙ホテル構想を発表するなど夢のある領域ですが、収益化には技術的ハードルが高く、まだ投機的な段階です。
  • 資源開発・エネルギー
    月や小惑星の資源採掘は長期的な壮大なテーマです。月極域の水資源は将来の宇宙燃料(水素・酸素)供給源となり得るため、アルテミス計画でも月極基地は南極付近(水氷が存在するクレーター地帯)を優先しています。各国とも表立っては宇宙資源の平和利用と言いますが、裏では自国企業に先んじて権益を確保させたい思いがあります。すでにルクセンブルクやUAEなどは宇宙採鉱企業誘致に乗り出し、アメリカも2015年に民間の宇宙資源採取を合法化する国内法を定めました。日本も宇宙資源に関する法整備の検討を始めています。経済効果が現れるのは先ですが、宇宙版ゴールドラッシュの火蓋は切られています。

このように、宇宙産業は多層的で広範な経済効果を持ちます。宇宙への投資はイノベーション波及効果も大きいとされます。過去にNASAの技術開発から生まれた副次的製品(メモリーフォーム素材やデジタル画像センサーなど)が地上で新市場を切り拓いた例は枚挙にいとまがありません。同様に、現在推進されている月探査や衛星大量製造の過程で培われる新技術(例えば高効率の太陽電池、閉鎖式環境リサイクルシステム、超小型衛星技術)は、将来地上産業にも転用され得ます。宇宙開発への公的支出は税金の無駄遣いという批判もかつてありましたが、近年は投資した資金が経済波及効果となって戻ってくるとの認識が広がっています。実際アメリカではNASA予算1ドルが経済全体に数ドルのリターンを生むといった分析もなされ、各国とも宇宙を成長戦略の一角と捉え始めました。

ただし経済重視の姿勢は同時に、宇宙利用の利益配分を巡る課題も提起しています。誰が宇宙で稼げるのか、利益を独占させないための国際ルールは必要か、といった議論です。たとえば衛星通信市場では特定企業(スターリンク)の寡占を懸念する声があり、各国政府が競争環境を整える介入を模索しています。衛星軌道や電波帯域といった宇宙の経済資源は有限で、先行者が多く占有すれば後発国が参入しにくくなる問題もあります。今後、宇宙における公正なアクセスと利益配分をどう保証するかは、経済面での重要課題になるでしょう。

未来への課題:持続可能な宇宙を目指して

宇宙開発が飛躍的に拡大したことで、新たに顕在化した問題も数多くあります。最後に今後の主要な課題を整理します。

  • 宇宙ごみ問題と交通管理
    増え続ける人工衛星やロケット部品の残骸が軌道上に漂い、衝突リスクが高まっています。スペースデブリ(宇宙ごみ)の衝突事故が連鎖すると、ケスラーシンドロームと呼ばれる最悪の事態(デブリの連鎖衝突で軌道が使えなくなる)が起こりかねません。現状、各国がデブリ低減ガイドラインに従い衛星の除役時に軌道離脱させる努力はしていますが、強制力はなく十分とは言えません。そこで宇宙交通管理(STM: Space Traffic Management)の国際ルール作りが課題です。具体的には、衛星やデブリの正確な位置データを各国が共有し、衝突回避マニューバを調整する仕組みが必要です。しかし軍事衛星の軌道情報など機微情報を他国に開示することには各国慎重で、信頼醸成が不可欠です。国連宇宙空間平和利用委員会でもデブリ低減やSSAデータ共有のガイドライン策定が進められていますが、法的拘束力を持つ合意には至っていません。持続可能な宇宙利用のためには、各国が歩み寄って包括的な宇宙交通ルールを構築することが急務です。日本も宇宙基本計画でSTM分野への貢献を掲げ、民間のデブリ除去実証(アストロスケール社による除去衛星の試験など)を支援しています。
  • 標準化と相互運用性の実現
    前述のようにアルテミス合意国は互換性確保をうたっていますが、現実には各国・各社がバラバラに機器やネットワークを作っています。月面の通信・測位についてはLunaNetという標準枠組みが提唱され、欧米日が準拠する見込みですが、中国やロシアがこれを採用するかは不透明です。将来、月面に異なる通信網が併存すると、まるでかつての地上の鉄道のように規格が違って乗り入れ不可といった非効率が起きるかもしれません。緊急時の救難通信すら繋がらない事態は避けねばならず、最低限の共通プロトコルや周波数帯調整は全世界で合意すべきでしょう。幸い技術面では遅延耐性ネットワーク (DTN)など惑星間インターネットの基本技術が標準化されつつあり、各システムをブリッジする工夫は可能です。問題はそれを採用する政治的意思であり、国際標準化団体や宇宙機関間の協議で妥協点を探る努力が求められます。
  • 宇宙資源ガバナンス
    月や小惑星の資源を本格利用する時代が来れば、必ず権利の争いや環境保護の問題が顕在化します。現行の宇宙条約では宇宙は国家による領有不可と定めますが、資源採取について明確な規定はありません。アルテミス合意は宇宙資源利用を認める姿勢ですが、ロシア・中国は宇宙資源の先行確保が、国際的に不公平を生むのではないかと懸念を表明しています。国連では2022年から宇宙資源作業部会が設立され、2027年までに各国の意見をまとめる作業が始まりました。しかし主張の隔たりは大きく、国際条約にできるかは不明です。企業からすれば法的枠組みが無いと安心して採掘投資できませんし、国家からすれば自国企業に有利なルールを求めます。例えば採掘した水や鉱物は誰のものになるのか、採掘区域に優先権は設定されるのか、環境破壊の規制は必要か、といった細目は未知数です。この分野は不明な点が多い状況と言えるでしょう。現時点では各国とも具体的ビジネスは模索段階であり、ここは不明という前提で議論を進めるしかありません。いずれにせよ、宇宙が無法状態にならないよう早めの国際合意形成が望まれます。
  • 安全保障のジレンマ
    宇宙の軍事化を巡っては各国の思惑が鋭く対立します。米国など西側は中国・ロシアのASAT開発に対抗して能力向上を図っていますが、それはまた新たな軍拡競争を招く恐れもあります。宇宙は本来平和目的限定とされてきた経緯があり、軍拡は慎重であるべきとの声も根強いです。アメリカは2022年に責任ある宇宙行動規範として、自国から先制的にデブリを出すような破壊的ASAT実験は今後行わないと宣言し、他国にも追随を促しています。日本や欧州もこの宣言に賛同しました。しかし中国・ロシアは公式には賛同しておらず、実効性は限定的です。将来的に宇宙軍備管理の国際協定が結ばれる可能性もありますが、地上で対立が続く限り難航は避けられません。安全保障上の不透明感が増す中で、誤解や誤算による宇宙での紛争勃発をどう防ぐかが重要です。定期的な多国間対話の枠組み(例えば米中露を含むホットライン設置や情報交換)など、ここは推測にはなりますが新しい信頼醸成策が必要と考えられます。
  • 継続的な投資と国民理解
    宇宙開発は巨額の予算と長期的ビジョンを要します。政治・経済状況によっては予算削減や計画変更も起こり得ます。例えば欧州のIRIS²計画は経費高騰で加盟国の足並みが乱れ、頓挫の懸念も報じられています。日本でもH3ロケット失敗時に批判的な論調が出ました。成果が見えにくい基盤研究的なプロジェクトほど、途中で支持を失うリスクがあります。それを防ぐには、宇宙開発の意義を国民に丁寧に説明し理解を得る努力が必要です。また民間企業も単独ではリスクが大きいため、官民の役割分担と利益配分のあり方も問われます。日本のように新興企業育成が必要な国では、政府による需要創出(公共サービスでの衛星利用や賞金付きの技術コンテストなど)がカギとなるでしょう。

おわりに

月探査や宇宙通信の分野は、まさに今、新旧プレイヤーが入り混じって国際秩序と市場構造を形作りつつあります。宇宙はロマンとフロンティアであると同時に、国家利益と経済競争の最先端でもあります。その二面性ゆえに協力と対立の両局面がありますが、人類全体の利益となる持続的な発展を遂げられるかは我々にかかっています。宇宙開発は技術の話であると同時に政治・経済・法律の話でもあり、専門外の一般の方々にも広い視野で注目していただきたい分野です。

幸い日本はこの新たな宇宙時代において決して蚊帳の外ではなく、国際協調の一翼を担い自国の強みも発揮しようとしています。課題は山積していますが、それらを認識し乗り越えていくことで、宇宙は人類共有の資産として平和と繁栄に寄与するでしょう。未知への挑戦には不確実性がつきものです。ここは不明という部分も多々ありますが、それでもなお宇宙へ踏み出す意義は大きいのです。宇宙開発を通じて培われる国際協力の精神と技術革新は、きっと地上の社会にも豊かな果実をもたらすことでしょう。

参考

<東京海上・宇宙関連株式ファンド>
F_Material_Uchukanren_202509.pdf
<日本人は宇宙の国家的な重要性をわかってない(尾上定正) – Asia Pacific Initiative アジア・パシフィック・イニシアティブ>
https://apinitiative.org/2020/10/26/13106/
<Japan Unveils First Space Domain Defense Guidelines – The Diplomat>
https://thediplomat.com/2025/07/japan-unveils-first-space-domain-defense-guidelines/
<Why Europe’s IRIS² Constellation is in Trouble>
https://www.quiltyspace.com/post/why-europes-iris-constellation-is-in-trouble
<Artemis Accords – NASA>
https://www.nasa.gov/artemis-accords/
<PWC 月面市場調査:市場動向と月面経済圏創出に向けた課題>
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/2022/assets/pdf/lunar-market-research2022.pdf
<三菱UFJリサーチ&コンサルティング 欧米主要国等における宇宙政策に対する会計検査等の状況に関する調査研究>
itaku_r5_1.pdf
<International Lunar Research Station – Wikipedia>
https://en.wikipedia.org/wiki/International_Lunar_Research_Station
<Guowang – Wikipedia>
https://en.wikipedia.org/wiki/Guowang
<EU now has its own ‘secure, encrypted’ satellite communication system, space commissioner says>
https://www.aa.com.tr/en/europe/eu-now-has-its-own-secure-encrypted-satellite-communication-system-space-commissioner-says/3812417
<ESA – ESA’s Moonlight programme: Pioneering the path for lunar exploration >
https://www.esa.int/Applications/Connectivity_and_Secure_Communications/ESA_s_Moonlight_programme_Pioneering_the_path_for_lunar_exploration
<アイスペースの月着陸船、まもなく月面着陸へ 成功すれば米国企業以外で初 – CNN.co.jp>
https://www.cnn.co.jp/fringe/35233877.html
<ispace、月面着陸また失敗 減速しきれず衝突か | ロイター>
https://jp.reuters.com/markets/global-markets/HUTNBVET6NK6TLFGLMH6VSWO5Y-2025-06-06/
<Major space players likely largest beneficiaries of Japan’s new $1T Yen fund>
https://www.quiltyspace.com/post/major-space-players-likely-largest-beneficiaries-of-japan-s-new-1t-yen-fund

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