旅行価値観の変化:ゆったり深く+飲まない旅

旅行価値観の変化について

近年、旅行に対する価値観が大きく変化している。従来の速くたくさん巡る旅行スタイルでは、人気観光地を駆け足で訪れることが重視されていました。一方で、そこに疲弊感を覚えた旅行者の間では、スロートラベルと呼ばれる遅く深く旅を楽しむ動きが台頭しています。これは、旅行を自己ケア(セルフケア)の一環と捉え、到着地でゆったりと時間をかけて文化・歴史に触れたり、地元の人々と交流したりする旅のスタイルです。ポストコロナや気候変動への意識の高まりも背景に、観光過密への懸念や持続可能性への関心が増し、旅行中のウェルビーイング(心身の健康)やマインドフルネスが重視されるようになっています。

  • 旅行スタイルの変遷
    世界的には、アウトドアやヨガなどで心身を整える旅、文化体験を深める旅など、目的を意識した旅行の需要が急拡大しています。シックスセンシズによれば、帰路でさらに健康になっていることを目的とする目的のある旅市場は2028年までに9兆ドル規模に達すると予測されており、旅行者の多くが心身の回復を求める傾向にあります。
  • スロートラベルの特徴
    典型的なスロートラベルでは、自身の興味に応じてあえて観光地を外れてお気に入りの場所を探し、農場や工房で地元の人と交流しながら体験活動に参加するなど、地元文化に焦点を当てて旅をします。事前に詳細な日程を決めず、現地での好奇心や学びを優先する自由度の高い旅行が特徴です。こうした旅では、複数の観光地を詰め込むよりも一カ所で時間をかけるため、移動やスケジュールに伴うストレスが軽減され、旅行先で心ゆくまで深い体験を得られるとされます。
  • スロートラベルの利点
    旅行者にとっては、旅先でリラックスできストレスが減る、地域住民と深いつながりができる、自分だけの特別な体験を得られる、といったメリットがあります。同時に、旅行者をさまざまな地域に分散させることで、観光スポットへの過剰な負荷が軽減され、新たな地域にも経済効果が波及する効果も期待されています。言い換えれば、観光のあり方がゆったり深くへシフトすることで、訪れる側も受け入れる側も従来型の観光にはない恩恵を得られる可能性が示唆されています。

世界のトレンド:スロートラベルとノンアル旅の拡大

スロートラベルの広がり

世界各地でスロートラベルへの関心が高まっています。世界的大手ホテルチェーンのヒルトンが2024年に実施した調査では、全世界の旅行者の25%が旅先で文化を学ぶ体験を求めており、まさに「スロー・トラベル」(旅行先の文化に深く浸る旅)が支持されていると報告されています。同調査では、子連れ旅行者の65%(日本では31%)が旅の目的として自国のルーツ探求を挙げており、文化や家族の歴史を深く味わいたいニーズの高まりが裏付けられています。

このほか、欧米では近年デジタルノマドや環境配慮型旅行への関心とも相まって、従来の観光を見直し、コミュニティへの貢献や環境負荷低減を重視する動きが台頭しています。海外メディアや旅行会社も、こうしたスロートラベルの潮流を単なる流行ではなく新たなセルフケアの手段と位置付けており、ゆったりとした旅の魅力を紹介しています。例えば米国の旅行ブログでは、スロートラベルによって偶然の人との出会いが生まれ、土地の表情を深く知る信頼感が生まれると評価されています。

ノンアルコール旅行(Dry Trip)の台頭

並行して、旅行中のアルコール控え志向も世界的なトレンドとなっています。欧米を中心に「ドライトリップ(dry-tripping)」とも呼ばれ、旅行中にあえて飲酒を避ける動きが加速しています。若年層を中心に飲酒率が低下している流れを背景に、旅行会社各社やホテル・航空会社が対応を始めています。例えば、ツアー会社コンティキの調査では18~35歳の83%がアルコールなしの旅行に興味があると回答しており、若年層の旅行者はアルコール抜きの旅を強く支持しています。また、旅行情報サイトHotels.comによれば、米国旅行者の40%以上が来年はデトックス旅行(断酒旅行)を予約したいと回答し、半数近くがノンアルコール飲料が簡単に手に入るホテルに関心があると答えています。

実際に、航空会社や宿泊施設のサービスでもアルコールフリーのオプションが急増しています。アラスカ航空やジェットブルー航空がクラフトのノンアルコールビールを導入したり、ホテル大手がモクテル(ノンアルコールカクテル)の専門メニューを提供する例が報じられています。旅行者自身も、酔い覚めによる時間のロスや出費を抑え、旅の思い出をクリアにするメリットを評価しており、米国のメディアは「sober travel(ソーバートラベル)」の検索数が2025年初頭に前年の200%に跳ね上がったとも伝えています。

世界的な調査でも、41%がデトックス旅行をしたいと回答し、若い世代の多くが旅行中の飲酒量を減らす意向を示しています。このようにノンアル旅は健康志向やウェルネス重視の旅行スタイルとして注目され、航空・宿泊・クルーズ業界にも影響を与えています。

日本の現状と今後の見通し

日本国内でも、スロートラベルやノンアル旅の兆しが見られます。調査ではノンアル旅は2024年の注目トレンドの一つに挙げられ、約41%が来年にデトックス旅行をしたいと答えています。国内旅行業界でも、ノンアルコールメニューの充実やモクテル体験の導入など、飲酒をしない旅行者への対応が進みつつあります。一方で、韓国・米国では飲酒意欲の増加傾向が示されたのに対し、日本の回答者は25%と低めにとどまり、むしろ節酒志向が強いことがうかがえます。

インバウンド(訪日観光)に目を向けても、ノンアルコール需要への配慮が重要視されています。訪日中国人・台湾人向けメディアでは日本で飲みたい飲料調査で牛乳が1位となり、日本の高品質な牛乳を評価する声が報じられました。また訪日ラボによれば、旅行者にノンアルドリンクを提供することがインバウンド対策の要点になっており、ホテルやレストランでノンアルコール飲料の選択肢を充実させる動きが重要視されています。実際、若年層を中心に日本国内でも飲酒離れは進んでおり、健康志向や節約志向からお酒以外の選択肢を求める声が高まっています。

こうした状況から、今後日本でもスロー・トラベルとノンアル旅は徐々に浸透していくと予想されます。家族旅行やマルチジェネレーション層にとっては、ノンアル対応ホテルが魅力となるほか、スロートラベル的な長期滞在を組み込んだプランも人気を増す可能性があります。政府や自治体も訪日戦略の一環としてノンアルコール需要への対応や、地域経済へ配慮した観光振興策を検討する動きが出てくると予想されます。

経済的側面:産業・消費への影響

旅行スタイルの変化は経済にも影響を及ぼす。旅行消費の分散と拡大が期待される一方、既存の飲食・宿泊産業には対応が求められます。

  • 消費先のシフト
    ノンアルコール志向が強まると、旅行者はアルコール代を宿泊費や食事、体験アクティビティに振り向ける傾向があります。マーケティング企業の報告では、旅行者がアルコールを控えることで支出が地域の飲食や小売、観光アクティビティに分散し、地元経済への還元先が増えるという指摘があります。また、そういった旅行者は目覚めが早く活動時間が長いため、朝食や観光地の早朝開放、夜間プログラムなど新たな収益機会も生まれ、地域全体の稼働時間が拡大すると見込まれています。
  • 業界の対応
    ホテル・旅館や航空会社はノンアルコール飲料やモクテル需要に応じてサービスを強化しています。実際、世界の大手ホテルチェーンではモクテルバーや専用メニューを開発し、航空会社でも機内やラウンジでノンアルコールビールが提供されています。こうした取り組みは、従来はカクテルや酒類中心だったサービスを健康志向や家族連れにも開放するもので、ブランド力の差別化や新顧客獲得につながっています。日本国内でも、飲食業界や旅行業界の一部ではノンアルコールビールやモクテル講座を導入するなど、柔軟なメニュー開発が進んでいます。
  • 伝統産業への影響
    一方で、アルコール関連産業には変化の波が及んでいます。世界的な飲酒率低下や政府・国際機関による節酒推進の流れを受け、日本でも酒造メーカーやバーはノンアルコール製品の研究・開発に注力せざるを得なくなっています。飲酒が禁忌とされる文化圏の訪日客(イスラム圏など)を取り込むためにも、ノンアルコール市場への対応が業界成功の鍵となってきています。実際、ノンアルコール飲料市場は近年急成長しており、旅行者向けにもフルーツ飲料やソフトドリンクの充実が求められています。
  • 観光の質と収益
    スロートラベルが進むと宿泊日数の増加やアクティビティ参加の多様化が期待されるため、地域の宿泊業や観光サービスの収益底上げにつながる面もあります。例えば、長期滞在型の旅行者は地元のグルメや工芸品購入にお金を落とし、一般観光客以上に地域経済に貢献する可能性があります。

今後の課題と持続可能性

スロートラベルやノンアル旅にはメリットが多い一方で、持続可能な観光政策として定着させるには課題も残ります。

  • 環境への配慮
    スロートラベルは理論上、交通機関の利用頻度を下げるため低炭素だとされますが、宿泊日数増加によるエネルギー消費や観光客の集中時間帯の変化など、環境負荷の総合評価は一律ではありません。旅行形態の変化が温室効果ガス削減にどの程度寄与するかは今後の検証課題です。
  • 地域間格差の是正
    観光客が主要都市や名所から離れて地方に分散するメリットもある一方、従来の観光地では収入減少の懸念も出てきます。観光需要の地域偏在が変化するため、観光庁や自治体は新たな魅力創出やPR戦略を考慮する必要があるでしょう。
  • 社会・文化的対応
    飲酒が文化の一部とされる地域では、ノンアル旅が浸透するためには意識改革と環境整備が必要です。企業や自治体は、宗教的背景や健康志向を持つ旅行者にも配慮してノンアルコール飲料を充実させると同時に、地元の酒文化とのバランスを取る工夫が求められます。
  • 消費者意識の啓蒙
    新たな旅行スタイルが広く受け入れられるためには、旅行者自身の意識変革も重要です。スロートラベルやノンアル旅の価値や魅力を伝えるガイドラインや情報発信、教育が今後ますます必要になります。特に若年層以外の世代や高齢者層に対しては、旅行の質を重視する意義をわかりやすく伝えていくことが課題です。
  • 持続可能な推進
    いずれのトレンドも、単なる一時的なブームに終わらせるのではなく、長期的な観光戦略の一部として組み込むことが肝要です。国際機関や企業もウェルネス・観光に関する調査で旅行前後の健康状態、文化体験の質を重視する動向を示しており、旅行者の身体的・精神的充実を目的とするトラベルエコシステムの構築が求められます。

まとめると、旅行スタイルはゆったり深くへとシフトしつつあり、ウェルビーイング志向の高まりと併せて飲まない旅も新たな潮流となっています。世界各地でこれらのトレンドが顕在化しており、日本でもその波及が始まっています。今後は、経済効果を最大化しつつ環境・地域社会に配慮した観光開発が鍵となり、政府・企業・旅行者が連携して新たな旅行価値を創造していくことが期待されます。

参考

<Time to transform the way we travel?: A conceptual framework for slow tourism and travel research – ScienceDirect>
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2211973623000284
<How Slow Travel Changes the Way We Explore | Marriott Bonvoy Traveler>
https://traveler.marriott.com/mindful-travel/slow-travel-explore-world/
<2026 年ウェルネストレンド予測 – シックスセンシズ>
https://x.hankyu-travel.com/f_up/data/pdf/tyo_i/tyo_i_666470.pdf
<心を開放する新たな旅の形「スロートラベル」 狭く深く楽しむ自分だけの旅 | ELEMINIST(エレミニスト)>
https://eleminist.com/article/1735
<ヒルトン、「2025年版グローバル·トレンド·レポート」を発表 ‑ Stories From Hilton ‑ APAC>
https://stories.hilton.com/apac/releases/2025-travel-trends-jp-jp
<Sober Travel: The Wellness Trend Rewriting the Way We Vacation | AAA Club Alliance>
https://cluballiance.aaa.com/the-extra-mile/advice/travel/sober-travel
<More than a trend: How airlines and hotels are catering to sober travelers – The Points Guy>
https://thepointsguy.com/news/sober-travel-airline-hotels/
<【エクスペディア・グループ】2024年の旅行トレンド「Unpack’24」を発表 – Expedia Newsrooms>
https://www.expedia.com/newsroom/%E3%80%90%E3%82%A8%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97%E3%80%912024%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%97%85%E8%A1%8C%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%B3/
<旅行中でもお酒を飲まない「dry-tripping」が、新たなトレンドに | TABI LABO>
https://tabi-labo.com/308826/wt-dry-tripping
<Contiki Intros “Sober Curious” Itineraries for Gen Z>
https://www.travelmarketreport.com/packaged-travel/articles/contiki-sober-curious-travel-gen-z
<注目される「ノンアル旅」世界の市場とインバウンド対策のポイントを解説 | 訪日ラボ>
https://honichi.com/news/2024/10/31/inbound-non-alcoholic/
<The Rise of Dry Tripping | 2025 Travel and Tourism Marketing Trend>
https://noblestudios.com/travel-tourism/dry-tripping-travel-tourism-marketing-trend-2025/

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