問題の概要
電力の安定供給に欠かせない大型変圧器・遮断器・開閉装置などの送電網の主要機器が、世界的に供給不足に陥っています。これらの機器は発電所から電気を送り出し、長距離を高効率で送電し、各地で適切な電圧に変換して利用者に届けるための要となる機器です。例えば大型変圧器は発電所で電圧を数十万ボルト級に昇圧して送電し、需要地近くの変電所で降圧する役割を担い、電力系統の高速道路に相当します。遮断器や開閉装置は、送電線や変圧器を故障から守り、必要に応じて電流を遮断・切替する安全装置です。これら重電機器が不足すれば、新たな発電設備や需要地を電力網に接続できず、停電時の早期復旧や老朽設備の交換にも支障をきたします。
米国では近年、このような機器の調達リードタイム(発注から納品までの期間)が大幅に延び、価格も高騰しています。コロナ禍以前は1年以内で調達できた大型変圧器が、現在では製造待ち行列の長期化や部材不足により3~4年も要する事例もあります。小型の配電用変圧器でも数ヶ月だった納期が1年以上に伸び、価格は従来の数倍に跳ね上がっています。下表は変圧器の調達期間と価格の変化例を示しています。
| 機器種類 | 2019年頃の標準納期 | 最近の納期(2023年頃) | 価格上昇幅 |
|---|---|---|---|
| 配電用変圧器(小型) | 数ヶ月(約3~4か月) | 1年以上(場合により2年) | +200~400% |
| 大型変圧器(送電用) | 1年未満 | 約3年(場合により4年超) | +60~80% |
※遮断器や開閉装置についても納期遅延と価格上昇が報告されていますが、変圧器ほど顕著なデータはないものの、同様に供給逼迫傾向にあります。
こうした送電インフラ部品の不足は、再生可能エネルギー発電の導入や電気自動車(EV)充電インフラ拡充、老朽設備更新などエネルギー転換のボトルネックとなりつつあります。例えば世界の再生可能エネルギー新規プロジェクトの4分の1が、変圧器待ちで遅延しているとの報告もあります。家庭やビル、新規工場の電力接続でも配電用変圧器不足が影響し、米国では変圧器が手に入らず新築住宅への送電を一時停止せざるを得なかった地域もあるほどです。つまり本問題は電力業界の専門的な話に留まらず、私たちの生活や経済活動、さらには脱炭素社会の実現スピードに直接影響を与える重大な課題なのです。
<変圧器不足危機:新たな技術で解決できるか? – IEEE Spectrum>
Transformer Shortage Crisis: Can New Engineering Solve It? – IEEE Spectrum
背景と原因
なぜこのような供給不足が起きているのでしょうか。
その背景には以下のような複合的要因があります。
- 供給網(サプライチェーン)の脆弱性
送電網向け大型機器の製造・流通は国際的なサプライチェーンに依存し、特定企業や特定国に偏っています。大型変圧器は一品一様のオーダーメイド製品が多く、大量生産が効きにくい上に輸送も困難なため、生産者は世界でも限られています。例えば変圧器の心臓部である電磁鋼板(方向性電磁鋼板, GOES)は製造可能なメーカーが少なく、米国では国内生産が1社しかないなど原材料段階からボトルネックがあります。一国の需要の8割超を輸入に頼るケース(米国)もあり、中国や韓国など限られた国からの調達に偏重しています。このようにサプライチェーンの一極集中や部材依存は、貿易摩擦や地政学リスク、パンデミックによる物流停滞などで一気に露呈しました。実際、2020年のコロナ禍で工場が一時停止し物流も遅延したことが、変圧器不足に拍車をかけたと分析されています。また米国で導入された輸入鋼材への関税措置は、特殊鋼板の入手をさらに困難にし国内変圧器製造を圧迫したとの指摘もあります。 - 需要の急増(再エネ、EV、データセンターなど)
世界的なエネルギー転換(脱炭素化)に伴い電化が進み、送配電網の増強需要がかつてなく高まっています。太陽光・風力発電設備を新たに系統に繋ぐため多数の変圧器や開閉装置が必要であり、大規模な洋上風力開発や分散型電源の普及で変電所設備の新設・拡張が相次いでいます。EVの充電インフラや蓄電池、さらには水素製造装置なども大量の電力を要し、それぞれ多数の変圧器を必要とします。一方、近年デジタル化に伴うデータセンター需要が爆発的に増えており、世界各地で巨大データセンターの建設ラッシュが起こっています。特に生成AIブームで電力消費が急増し、サーバーを冷却するための電力も含めデータセンターは電力を大量に消費します。都市近郊に集中するこれら施設への電力供給には、新設の変電所や大容量送電線が不可欠で、日本でもデータセンター集中地域で変電設備不足が深刻化しています。米国の専門家は「再エネ、データセンター、建物・車の電化により前例のない変圧器需要の時代に突入した」と述べており、世界的にも変圧器の必要台数は今後10年で倍以上との予測があります。この需要急増に供給能力が追いついていないのが現状です。 - 老朽化インフラの更新需要
日本の送電網の多くは高度成長期に整備された設備が多く、更新時期を迎える変圧器・開閉器が大量に存在します。欧米では配電変圧器の多くが製造後40年以上経過し、2030年までに配電網機器の半数以上が寿命末期に達するとも報告されています。老朽化した変圧器は故障リスクが高まり、大停電を防ぐため計画的な交換が必要ですが、交換用の新品がすぐ手に入らない事態になっています。さらに近年の異常気象(ハリケーン・大型台風・山火事等)で変圧器が大量に損傷・焼失し、一度に何千台も交換を迫られるケースも増えました。例えば米国では大型ハリケーン後に1万6000台もの変圧器交換が必要となり、これは他の地域の年間需要を上回る規模でした。こうした災害対応や老朽機器更新の突発需要が重なることで、在庫不足と納期遅延に拍車がかかっています。
<変圧器供給のボトルネックが負荷増加に伴う電力系統の安定性を脅かす | Utility Dive>
Transformer supply bottleneck threatens power system stability as load grows | Utility Dive - 製造の集中とボトルネック(寡占・生産余力の不足)
大型変圧器や高圧遮断器といった製品は高度な技術と巨大な設備投資を要するため、市場は一部大手企業による寡占状態です。世界の大型変圧器市場では、日立エナジー(旧ABB、本社スイス)やシーメンス・エナジー(独)、GEグリッドソリューション(米)、現代エレクトリック(韓国)、WEG(ブラジル)などが主要メーカーであり、日本国内では三菱電機、富士電機、明電舎などが製造しています。中国にも特変電工や中国西電集団など大手がいますが、中国国内需要が膨大なため輸出は限定的です。主要メーカーはいずれも1980年代頃までに技術蓄積した老舗で、巨額設備投資の回収に時間がかかることから、需要ひっ迫でも安易に生産ラインを増強しない傾向があります。むしろフル生産により利益率は上がるため、新工場を建設してまで供給余力を増やすインセンティブが働きにくいのです。その結果、市場全体で供給能力の伸びが鈍く、受注残が積み上がっても増産が追いつかないという構造的問題があります。また製造現場では熟練技術者の高齢化や人手不足も深刻で、「長期的な需要見通しと安定した発注がなければ、人材や設備の積極的拡大は困難」との声もメーカー側から上がっています。加えて、変圧器のコア部品を供給する下請けサプライヤーが事業縮小・撤退するケースや、素材となる特殊鋼や銅が他産業との引合いで不足するなど、製造サイドのボトルネックも多数存在します。こうした要因が重なり、世界規模で需給ギャップが生じているのです。
以上のように、供給側の構造的な制約と需要側の急拡大が同時に発生し、さらにパンデミックや貿易問題といった予期せぬ事態が重なった結果、現在の前例のない供給不足が引き起こされています。
世界の対策動向
この問題に直面し、各国・地域で供給網強化のための様々な対策や政策が講じられ始めています。主な動きを地域別に見てみましょう。
アメリカ合衆国の取り組み
米国では送電網機器の供給不足が国家的課題として認識され、政府と産業界が対策に乗り出しています。2022年6月、バイデン大統領は変圧器など電力設備の国内生産拡大に向け、朝鮮戦争時の法律である「国防生産法(DPA)」を適用して政府の権限と資金を投入可能にしました。エネルギー省(DOE)は業界との「サプライチェーン・タイガーチーム」を結成し、変圧器を含む重要機器の供給課題洗い出しと解決策検討を進めています。またインフラ投資法やインフレ抑制法など近年の立法で、老朽電力網の更新や国内製造支援に巨額の予算が充てられ、変圧器の予備在庫(戦略予備)の確保や国内メーカーへの助成といった施策も議論されています。例えばDOEは2023年、電力用鋼板の米国内生産を拡大するためペンシルベニア州の製鋼工場に7500万ドルの補助金を出すなど、素材段階からのボトルネック解消に動きました。また2029年施行予定の変圧器エネルギー効率基準を巡っては、当初メーカーに需要の少ない新素材(アモルファス合金)への大幅転換を要求していた案を業界の反発を受け緩和し、依然GOES鋼板を75%まで使用可能とする着地点に修正しています。これは効率向上と供給逼迫回避のバランスを取った判断ですが、新基準への移行対応で製造ラインの改造や人員再訓練が必要になるため、短期的には生産にさらなる負荷がかかる懸念もあります。一方で民間メーカーも増産投資を表明しており、2024年には業界全体で約6億ドル規模の変圧器生産能力拡張計画が発表されました。代表例として、シュナイダーエレクトリックや日立エナジー北米法人が北米工場に数億~5億ドル単位の投資を行い、今後10年以上続く見込みの需要増に対応するとしています。さらに設計標準化による大量生産の効率化や予備部品の共同備蓄など、中長期的解決策も検討されています。例えば全米80,000種類にも細分化している変圧器の仕様をある程度標準化し互換性を持たせることで、製造効率を上げ非常時の相互融通を可能にしようという試みです。これらの対策により、米国は自国インフラを支える機器のサプライチェーン強靱化と、エネルギー転換の土台整備に取り組んでいます。
<エネルギー政策の変更によるサプライチェーンの遅延 – Electrical Trader>
Supply Chain Delays from Energy Policy Changes – Electrical Trader
ヨーロッパの取り組み
欧州でも再生エネルギーの普及に必要な送電網拡充を加速する中で、変圧器や開閉装置の供給不足が課題となっています。EUは送電網技術を「戦略的ネットゼロ技術」に指定し、域内製造能力の強化を図る方針を打ち出しました。具体的には2023年3月に提案された「ネットゼロ産業法(NZIA)」の中で、太陽電池や電池と並んで電力ネットワーク機器が戦略分野に位置付けられ、投資支援や許認可の迅速化といった優遇措置が講じられます。また欧州委員会は2023年11月に「送電網アクションプラン」を公表し、老朽化・投資不足・複雑な許認可手続きなどグリッド整備のボトルネック解消策を提示しました。併せて欧州送電網パッケージと呼ばれる包括政策も策定中で、域内の送電網モダナイズ(次世代化)のための制度整備が進められています。その一環で指摘されるのが、各国で異なる機器仕様の標準化です。現在、変圧器一つ取っても国ごと事業者ごとに仕様が微妙に異なり、欧州メーカーがスケールメリットを出しにくい状況にあります。EU機関は標準化推進によって生産コストを下げ、相互運用性を高めることが重要としています。さらに欧州はサプライチェーンの安全保障にも敏感で、重要機器を非友好国に依存するリスク(例えば安価な中国製品への過度な依存やサイバーセキュリティ上の懸念)を減らす方向です。EU域内での生産拡大を後押しするため、欧州投資銀行(EIB)は2025年に送電網部品メーカー向け15億ユーロの信用保証枠を創設し、変圧器・ケーブル・開閉装置といった必須機器の供給力強化を支援します。この「グリッドパッケージ」により、欧州企業が安心して増産投資できるよう長期的需要の確実性を示し、域内サプライチェーンの強靭化と外部依存低減を図る狙いです。またEIBは2025年、送電網関連への融資を過去最大の110億ユーロに拡大すると発表しており、資金面からもインフラ整備と機器調達を後押ししています。欧州各国でも送電網への巨額投資計画が相次ぎ、例えばドイツは送電網強化に数千億ユーロ規模の長期計画を策定し、フランスも変圧器メーカーへの補助を検討するなど、欧州全体で電力インフラのボトルネック解消に向けた政策対応が進展しています。
中国の取り組み
中国は世界最大の電力需要国であると同時に、変圧器や開閉装置の主要生産国でもあります。2022年には中国だけで約5.4兆円相当の変圧器を世界に輸出しており、数量ベースでも最大の供給源となっています。国家規模で見ても、国営の国家電網公司(State Grid)が2022~2023年に1,320億ユーロ(約19兆円)もの送電網投資を行う計画を公表するなど、内需の拡大が著しいです。中国メーカーとしては特変電工や中国西電集団などが大容量変圧器を製造し、中国国内の超高圧送電網(いわゆる特高圧直流送電:HVDCなど)の建設ラッシュを支えています。もっとも国内需要が旺盛なため、中国製変圧器の輸出は限定的で、まずは自国インフラ向けに生産が優先されています。一方で近年、米国をはじめ西側諸国では安全保障上の観点から中国製の大型変圧器を警戒・排除する動きもあります。実際に米国の送電網では過去に中国製大型変圧器に不審なデバイスが発見された例も報じられ、第1次トランプ政権期には一時、中国製機器の調達制限が命じられたこともありました(後にバイデン政権で見直し)。こうした背景から、中国は自国内需の充足と輸出競争力強化の双方を視野に、送電網機器の製造能力増強と技術自給を国家戦略として推進しています。特にHVDCなど次世代送電技術では中国企業が世界をリードしつつあり、一帯一路構想を通じて新興国の電力インフラ市場にも積極的に参入しています。結果として、中国は世界的な重電機器サプライヤーとして存在感を高めており、他国が供給難に直面する中で中国からの調達に頼る動きも増えています(例:インドや中東向けの変圧器輸出)。ただし地政学的緊張が高まる局面では輸出制限のリスクも孕むため、中国依存をどこまで許容するかは各国の課題となっています。
インドなどその他の国々の取り組み
インドは再生可能エネ大量導入と経済成長による電力需要増で、送電インフラ拡充を急ぐ国の一つです。2030年までに500GWもの再エネを導入する目標を掲げ、送電線延伸や変電所建設が計画されています。しかしインドでは変圧器の核となる電磁鋼板(CRGO鋼板)の国内供給が需要のわずか1割強しかなく、残りを日本・韓国・中国などからの輸入に頼っています。近年このCRGO鋼板の世界的不足が深刻化し、インドでも必要量の30%が賄えないという試算が出ました。原因の一つは品質管理のための輸入許可手続き(BIS認証)の遅れで、主要供給国のメーカーの認証更新が滞り輸入がストップする事態が発生したことです。この問題を受けて、インド政府系の研究所GTRIは認証プロセスの迅速化と国内生産能力拡大を緊急提言しています。「CRGO鋼板は戦略物資であり、このままではインドのエネルギー目標が危うい。長期的には国内製造を最優先すべきだ」という指摘で、政府もこれを受けて製鉄企業への支援や海外技術導入の模索を始めています。変圧器メーカー自身も需要増に対応すべく増産投資を進めており、インドの専門誌報道によれば国内変圧器メーカーは今後2年間フル稼働が続く見通しとされています。インド政府は「Make in India(インド製造推進)」政策の下で重電分野も育成対象と位置付け、海外メーカー誘致や自国企業の能力向上に取り組んでいます。また国際協調にも積極的で、日本や欧州からの技術支援を得て送配電網強化を図る計画も報じられています。
<変圧器用鋼材不足はインドのエネルギー戦略に影響を及ぼす可能性がある:GTRI – エコノミック・タイムズ>
Transformer steel shortage could impact India’s energy ambitions: GTRI – The Economic Times
その他、東南アジアや中東など新興国でもデータセンター建設や都市化に伴い電力機器需要が高まっており、日本や欧米の政府・企業がこれら地域への送電網整備を支援する動きもあります。日本政府は東南アジア諸国への広域送電網構築を支援し、再エネ電力を融通する構想に参画しています。これには日本の重電メーカーが関与し、現地で変圧器や開閉装置を供給することで同地域の脱炭素化と自社の市場拡大を図る狙いがあります。各国それぞれ事情は異なりますが、共通するのは電力インフラ機器の供給網強化がエネルギー政策上の重要課題となっている点です。世界規模で需要に見合う供給力を確保すべく、政府支援・産業界投資・国際連携が進み始めています。
日本の現状と対策
国内製造の状況と不足の兆候
日本でも送電網向けの変圧器・遮断器・開閉装置は国内メーカー(重電メーカー)が供給の中心を担ってきました。主なメーカーには三菱電機、東芝エネルギーシステムズ、日立エナジー(旧ABB社を日立製作所が買収)、富士電機、明電舎などがあり、超高圧から配電用まで幅広い機器を製造しています。日本の電力インフラ機器市場は長らく国内需要が安定して推移し、各電力会社との信頼関係の中で適時調達・安定供給が維持されてきました。しかし近年、再生エネ導入拡大やデータセンター新設ラッシュなどで国内でも想定を上回るペースで需要が急伸しており、従来余裕があった供給網に逼迫の兆候が見えています。実際、2023年前後から大型変圧器の国内在庫が不足し納期が大幅に延びる異常事態が報告されました。電気新聞の報道によれば、データセンター向け電力需要の急拡大や老朽設備更新需要が重なり、大型変圧器の需給逼迫が全国的に発生している(2023年6月時点)といいます。資源エネルギー庁の調査でも、データセンター需要等によりケーブル類が品薄化し、変圧器・遮断器など変電設備の納期長期化が起きていることが確認されており、国内でも欧米と同様の課題が顕在化しています。とりわけ都市近郊でのデータセンター集積地では変電所新設が追いつかず、一部地域では系統接続待ちの案件も生じています。例えば千葉県印西市では大型変電所を増設して供給力を1.5倍に引き上げたものの、さらに同規模のデータセンター建設計画が相次いでおり、一層の送電網強化が急務とされています。また九州・北海道では大規模半導体工場(TSMCやラピダス)の進出に伴い変電所不足が指摘され、地元電力会社が数百億円規模の投資で変電所建設に動き始めました。このように、日本でも特定地域・分野で電力機器需要が急増し供給余力が逼迫する兆しが出ています。幸い現時点で米国のような深刻な配電用変圧器不足(新築住宅に電気を送れない等)には至っていませんが、今後の再エネ大量導入やEV普及加速に備えて予断を許さない状況です。
政府・電力会社の対応策
日本政府と電力業界も、この問題に対して危機感を持ち始めています。経済産業省は2023年に「次世代の電力ネットワーク小委員会」を設置し、電力会社や重電メーカーへのヒアリングを実施して課題整理と対策検討を行いました。その中で明らかになったのは、人材不足と並んでサプライチェーン上の課題です。議論では「世界的なインフラ需要増やデータセンター需要の影響で各種機器の納期長期化・品薄化が起きている」と指摘され、国内でも製造・施工の両面で供給能力の強化が必要との認識が示されました。対策としてはメーカー・部品サプライヤー・電力会社が一体となった供給網の連携強化や、長期需要を見据えた安定発注の重要性が挙げられています。具体的には、電力会社が将来の設備投資計画を前倒しで提示し、メーカー側に増産投資の見通しを与えること、国がそれを支援する仕組みづくりなどが検討課題となっています。またメーカーからは「短期のブームでなく長期的需要が保証されねば、人員育成や設備増強に踏み切れない」という声があるため、官民で需要予測を精緻化し計画的な設備更新プログラムを構築することが提案されています。さらに非常時に備えて、国内で共通利用できる予備変圧器のプール(融通制度)を整備する案も議論されています(米国では業界主導で既に実施)。経産省はこうした検討を踏まえ、必要なら財政支援や規制緩和も動員して重電機器のサプライチェーン強化策を講じる見通しです。
電力会社側でも、需給逼迫への即応策を進めています。東京電力や関西電力はデータセンター需要の急増に対応するための送電網投資計画を発表し、東電は約2,000億円、関電は約1,500億円をかけて変電所増設や送電線強化を行う方針です。また老朽化した変圧器の計画交換を前倒しで行い、新品の確保に時間がかかる場合は中古機や再生品の活用で繋ぐ工夫も始まっています。北海道電力や九州電力も、半導体工場の進出に合わせ数百億円単位で変電設備を増強する計画を立てており、各社が需給逼迫の「ボトルネック」解消に乗り出した形です。日本政府はさらに送電網の広域連系強化(例えば北海道~本州間などの連系線増強)を推進しており、2050年を見据えた長期計画では総額6~7兆円規模の投資で大容量送電網を新設・増強する構想もあります。これだけの計画を着実に進めるには、国内外からの機器調達力を高めておく必要があります。
幸い日本の重電メーカーは技術力が高く、海外の増産投資にも関与できる立場にあります。例えば日立エナジーは北米向け供給拡大のためカナダ工場に1億ドル超を投資し変圧器生産を増強すると発表しました。こうした海外生産能力も含め、日本企業が世界の需要に応えることは国内への優先供給にもつながります。政府は重電各社との対話を深め、必要に応じて補助金や税制優遇で製造設備投資を促すことも検討しています。加えて、標準化やモジュール化で国内生産の効率向上を図る取り組み(例えばユニット式変圧器の開発など)を産学協力で進め、将来的な供給制約の緩和に繋げようとしています。
総じて、日本では現状は海外ほど深刻ではないものの、世界的潮流の中で国内供給網の脆弱性が浮き彫りになりつつあり、官民協調で早めの手当てを講じようとしている段階と言えます。
経済への影響
この送電網機器の供給不足は、エネルギー政策のみならず広く経済全体に影響を及ぼす懸念があります。まず直接的には再生可能エネルギー導入や脱炭素プロジェクトの遅延です。変圧器や開閉装置がなければ発電所をグリッドに繋げないため、折角完成した太陽光・風力設備が遊休状態になるケースが出ています。前述のように世界では再エネ案件の25%が変圧器待ちで遅れているとの推計もあり、このボトルネックが解消しないと各国の2030年カーボンニュートラル中間目標の達成にも黄信号が灯ります。欧州連合のグリーンディール(欧州グリーン契約)が掲げる2030年までの大規模送電網拡充計画も、変圧器の長納期が最大のリスク要因と指摘されています。日本でも再エネ主力電源化に向け送電網増強が必須ですが、肝心の機器が手当てできなければ計画の遅延・縮小を余儀なくされかねません。
次に価格高騰の影響です。変圧器や電線などの価格上昇は電力会社の設備投資コストを押し上げ、その負担は最終的に電気料金や再エネ発電コストに跳ね返ります。実際アメリカでは変圧器価格が2020年以降60~80%上昇し、一部の配電用変圧器では4~5倍に高騰したケースも報告されています。このため予算内で収まらず建設を断念する再エネプロジェクトも出始めています。日本国内でもメーカーから電力会社への納入価格が上昇傾向にあり、送配電網整備計画の予算超過リスクが増しています。さらには、電力網インフラ整備費用の増大は送配電事業の収支を悪化させ、必要な投資がさらに遅れるという悪循環も懸念されます。
またインフラ投資の遅れが引き起こすリスクも見逃せません。電力需要が急増している地域で送電網強化が間に合わなければ、新規データセンターや工場の立地そのものが制約され、地域経済の発展機会を損ないます。EVシフトが進んでも充電インフラ増設が滞れば、せっかくの電動車普及にブレーキがかかります。ひっ迫した送電網では系統接続待ちの案件が増え、「電気を使いたいのに送れない」状態が頻発すると、投資家の信頼を損ない脱炭素への民間投資意欲にも影響が出ます。さらに老朽機器の置き換えが遅れると停電リスクが高まります。変圧器は一度故障すると大規模停電を招く恐れがありますが、現在のように即応の予備品が不足した状況では停電復旧に数日~数週間を要する可能性もあります。特に自然災害やサイバー攻撃で変圧器が同時多発的に破壊された場合、交換が追いつかず社会経済に甚大な被害が生じるリスクが指摘されています。
総じて、送電網の主要機器の供給不足はエネルギー転換のスピードと信頼性を損ない、経済全体の足かせとなりかねません。安価で潤沢な電力インフラが整わなければ、産業競争力にも影響が及びます。例えば欧州や日本で電力網整備が滞れば、企業は電力事情の良い地域へ生産拠点を移すかもしれません。逆に言えば、この課題を克服できれば膨大な再エネ投資・電化投資が順調に進み、新たな市場・雇用創出につながるでしょう。今後数年は主要機器がエネルギー経済のボトルネックになるか、それともイノベーションの原動力になるかの瀬戸際と言えそうです。
今後の課題と展望
送電網機器の供給不足を解消し、持続可能な電力インフラを構築するためには、以下のような取り組みが今後の課題として重要になります。
- 国内製造能力の強化
各国で自国(または経済圏内)の重電機器製造基盤を強化し、過度な輸入依存を減らすことが求められます。具体的には政府が設備投資補助や税制優遇でメーカーの増産投資を後押ししたり、研究開発支援により生産効率を高めることが考えられます。米国のDPA発動や欧州のNZIA、日本の産業政策などもこの文脈で進められています。特に素材面(電磁鋼板や高純度銅線など)でボトルネックがある場合は、素材メーカーへの支援や新規参入促進も必要です。もっとも需要の全量を国内で賄うのは非現実的な場合も多く、信頼できる友好国との協力生産や調達も並行して進める必要があります。日本企業が海外拠点で生産増強する動きや、日米・日欧間で変圧器の融通協定を結ぶ可能性も視野に入るでしょう。 - 標準化・モジュール化による生産性向上
機器仕様の標準化は、供給不足解消の鍵の一つです。現在は国・地域・用途ごとに仕様が細分化され、80,000種類以上の変圧器が存在すると言われます。これでは少量多品種生産となり、在庫の融通も利きません。国際的に規格統一を進め、例えば変圧器の定格や接続方式をある程度共通化すれば、大量生産によるコスト低減と迅速な供給が可能になります。EUが標準化検討を進めているのもこのためです。またモジュール化も有望です。従来は大型変圧器を一からオーダーメイドしていましたが、近年一部ではモジュール式変圧器の研究が進んでいます。半導体電力変換技術を活用したモジュールを組み合わせることで、必要な容量を柔軟に確保できる仕組みで、Georgia TechやOak Ridge国立研究所などが試作を行っています。このような次世代スマート変圧器が実用化されれば、製造の柔軟性が増しサプライチェーンの弱点克服に寄与する可能性があります。ただし現時点では高コスト・信頼性課題が残っており、実用化にはもう少し時間を要します。それでも長期的には、デジタル技術を駆使した高機能・標準化機器への置き換えが電力網の将来像となるでしょう。 - サプライチェーンの多元化
特定の国・企業・素材に依存しない調達網づくりも重要です。例えば変圧器用電磁鋼板では中国・ロシアなど限られた供給源への依存度を下げるため、インドが日本や韓国からの調達を増やす、欧米が自前の製造設備を復活させるといった動きがあります。同様に、変圧器本体や遮断器でも調達先を複数確保し、一社トラブルで世界中が困る事態を避ける必要があります。幸い大手メーカーはグローバル展開しており、例えば日立エナジーやシーメンス等は世界各地に工場を持っています。こうしたグローバル企業の生産ネットワークを活用し、需要が逼迫している地域に生産リソースを融通する仕組みも有効でしょう。また万一に備え、各国で重要機器の戦略備蓄(スペア変圧器の保管など)や、融通協定(異常時に他国から緊急調達する枠組み)を構築することも検討課題です。ただし予備設備の保有はコストがかかるため、国際的なコストシェアの議論も必要になります。 - 国際協調と情報共有
この問題はグローバルな産業構造に起因するため、一国だけでは解決できません。主要国政府は2023年のG7エネルギー大臣会合などでも電力インフラの強靱化を議題に挙げ、サプライチェーン協力を謳っています。具体的には技術標準の国際整合や、相互の輸出規制緩和、緊急時の支援体制づくりなどが考えられます。日本と米国の間では変圧器やHVDC設備の供給網強化で協力する覚書が交わされており、日立製作所や三菱電機が米国のインフラ整備に参画する動きも出ています。また人材面でも協調が必要です。重電分野の技術者育成は世界的に不足しており、国境を超えた人材交流・技能研修で底上げを図ることが望まれます。さらに需要予測や在庫情報の国際的共有も有用でしょう。例えばどの国でどの規格の変圧器がどれだけ余剰・不足かを把握し、融通できれば無駄のないグローバル最適化が可能です。ICT技術を活用しサプライチェーンの可視化・需給マッチングを進める取り組みも検討に値します。
最後に、長期的視点では電力系統計画そのものの見直しも議論されています。需要地近傍で発電する分散型エネルギーの活用や、スマートグリッド化で需給バランスをきめ細かく制御することで、大規模設備に過度に頼らない電力網への転換が模索されています。例えばマイクログリッドの導入により局所的自給を高めれば、大型変圧器が故障しても被害を限定できるかもしれません。また需要管理や省エネの徹底でピーク負荷を抑制すれば、新規設備投資を減らすことも可能です。もっとも、電力需要が今後も増大することは確実であり、基本的には送電網インフラへの果敢な投資と供給網強化が不可欠です。その際には環境への配慮(高効率機器への更新でロス削減など)も同時に実現し、「強靱かつグリーン」な電力網へアップグレードするチャンスと捉えるべきでしょう。
結論として、送電網を支える重厚な機器の供給不足という課題は、一朝一夕に解決するものではありません。しかし各国が問題意識を共有し、産官学連携で対策を講じ始めたことは大きな前進です。エネルギーの大転換期にあって、この地味ながら重要な「裏方」である部品供給の問題を乗り越えることが、脱炭素社会への道を切り拓く鍵となるでしょう。私たち一般市民も、この課題に関心を寄せ省エネや負荷平準化に協力することで、持続可能な電力インフラづくりを後押ししていきたいものです。

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