最近「AMR(薬剤耐性)」の話題を見かけることが増えたので、独自に調べた内容を中心に、分かったことをまとめます。
結論から言うと、AMRはすでに進行中で、しかも対策は新薬だけでは足りません。
深堀すると専門的な話なので興味本位で眺める感じで読んで貰えれば。
専門の方などで補足や訂正があればコメント欄に書いて頂けるとありがたいです。
AMRとは
AMR(Antimicrobial Resistance)は、細菌などが薬に耐性を持ってしまい、治療薬が効きにくくなる(または効かない)状態のことです。
この記事では主に「細菌の抗菌薬耐性」を扱います(いわゆる耐性菌)。
ただし、真菌(カビ)にも耐性問題があり、そちらも無視できません。
WHOの世界監視(GLASS 2025)
WHOが2025年10月に出したGLASSレポートは、23百万件超の検査確定症例(血流感染、尿路感染、消化管感染、淋菌など)を材料に、耐性の状況をまとめています。
ここで気になるのは、一部の特殊な話ではなく、一般的な感染症でも耐性が珍しくないという点です。
このレポートで重要なのは、次の2点です。
- 2023年、検査で確定した一般的な細菌感染のうち「約6分の1」が抗菌薬治療に耐性とされている(“検査で確定した範囲”の話)。
- 2018〜2023で、監視している病原体×薬剤の組み合わせの40%以上で耐性が上昇し、
平均年増加率が5〜15%という整理。
補足として、GLASSは世界の全てを完全にカバーする仕組みではありません。国や地域で検査体制や報告量が違うので、読み方としては「世界の傾向をみる」用途が中心です(そのうえで“増えている傾向”が示されている、という理解が無難です)。
<WHO 世界の抗菌薬(抗生物質)耐性サーベイランス報告書 2025>
Global antibiotic resistance surveillance report 2025
2019年の世界の状況(“直接原因”と“関連”を分けて推計)
Lancetの系統解析(2019年)では、細菌AMRについて
- 耐性が直接の原因(attributable):約127万人
- 耐性が関与(associated):約495万人
と推計されています。
この2つは意味が違います。
- attributable:耐性がなければ助かった可能性が高い側
- associated:耐性菌感染に関連して亡くなった側(他要因も含む、広いカウント)
また、この解析では「どの感染症候群が重いか」も整理されており、たとえば下気道感染が関連死亡で大きい、とされています。
<2019年における細菌性抗菌薬耐性の世界的負担:系統的分析>
Global burden of bacterial antimicrobial resistance in 2019: a systematic analysis – The Lancet
どの菌が特に問題なのか
WHOは、優先して対策・研究開発を進める耐性菌をまとめた BPPL 2024 を公開しています。ここでは、24の病原体が「critical / high / medium」に分類されています。
大づかみに言うと、上位に来やすいのは
- グラム陰性菌(例:カルバペネム耐性など)
- 薬剤耐性結核菌
- サルモネラ/赤痢菌
- 淋菌(Neisseria gonorrhoeae)
- 緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)
- 黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus:MRSA等)
という並びです。
<WHO 細菌優先病原体リスト、2024年:抗菌薬耐性の予防と制御のための研究、開発、戦略の指針となる公衆衛生上重要な細菌病原体>
WHO bacterial priority pathogens list, 2024: Bacterial pathogens of public health importance to guide research, development and strategies to prevent and control antimicrobial resistance
耐性はどうやって起きるのか(仕組みをもう少しだけ)
細菌側がどうやって耐性を得ているのか。代表例だけ挙げます。
- 薬を壊す(分解する)酵素を作る
βラクタマーゼ(ESBL、カルバペネマーゼなど)がこの系統。 - 薬が結合する標的を変える
変異で薬が効きにくくなるパターン。 - 薬を外に出す/中に入れない
排出ポンプ(efflux)や、外膜の穴(ポーリン)の変化など。
さらに厄介なのは、細菌が耐性遺伝子を別の細菌へ受け渡しできることです(水平伝播)。これがあるので耐性が広がるスピードが速くなりやすいです。
抗菌薬の使用量
抗菌薬は必要な時に救命に直結します。一方で、使う量が増えるほど耐性側が有利になる環境も作られます。
PNASの解析(67か国データの推計)では、2016→2023で抗菌薬消費量が16.3%増(29.5→34.3 billion DDD)と報告されています。
※DDD(Defined Daily Dose)は、国際比較のために使われる「標準化した使用量」の単位です。
<2016~2023年の抗生物質消費の世界的傾向と2030年までの将来予測>
Global trends in antibiotic consumption during 2016–2023 and future projections through 2030 | PNAS
「新薬」について(増えた部分と、限界の両方)
近年の例
ここは薬の名前が増えてしまうので、ポイントだけ書きます。
- EMBLAVEO(aztreonam+avibactam):米国で2025年承認(ラベル公開)。条件付きでcIAIなどに使う位置づけ。
- EXBLIFEP(cefepime+enmetazobactam):米国で2024年承認(cUTI等)。
- XACDURO(sulbactam+durlobactam):HABP/VABPのAcinetobacter向けとしてラベル公開。試験ではコリスチン比較で非劣性などの整理。
- BLUJEPA(gepotidacin):2025年にuUTIでラベル公開。さらに2025年12月に、淋菌治療での適応拡大が報じられています。
注意点として、こうした薬はいつでも誰でも使える万能薬ではなく、ラベル上も「限られた状況」「代替が乏しい場合」など条件が付くことが多いです。新薬を長持ちさせる意味でも、適正使用がセットになります。
<EMBLAVEO>
https://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2025/217906Orig1s000lbl.pdf
<EXBLIFEP>
https://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2024/216165s000lbl.pdf
<XACDURO>
https://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2023/216974Orig1s000Correctedlbl.pdf
<BLUJEPA>
https://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2025/218230s000lbl.pdf
WHOの評価:候補はあるが、十分とは言い切れない
WHOは抗菌薬パイプラインを評価しており、2025年版の報告(overview and analysis)を公開しています。
候補は存在する一方で、最優先病原体に対して「どれだけ穴が埋まっているか」は引き続き課題、という方向の整理が続いています(“新薬待ちだけで解決”ではない、という前提になります)。
<臨床および前臨床開発における抗菌剤の分析:概要と分析 2025>
Analysis of antibacterial agents in clinical and preclinical development: overview and analysis 2025
新薬以外で効くこと(現場寄り)
診断(原因菌が分かるほど、無駄が減る)
原因菌と感受性が早く分かるほど、次がしやすくなります。
- 最初は広めに治療(経験的治療)
- 検査結果が出たら、狭い薬に切り替える/中止する(de-escalation)
抗菌薬適正使用(Stewardship)とAWaRe
WHOはAWaRe(Access/Watch/Reserve)分類で、抗菌薬使用の考え方を整理しています。
さらに国連の政治宣言(2024)とWHOのGlobal Call to Action(2025)では、2030年までに“Access”カテゴリーが抗菌薬使用の70%を占めるなど、具体的ターゲットとして明記されています。
<国連の政治宣言(2024)>
https://www.un.org/pga/wp-content/uploads/sites/108/2024/09/FINAL-Text-AMR-to-PGA.pdf
<WHOのGlobal Call to Action(2025)>
Global call to action to address antimicrobial resistance
真菌の耐性(Candida auris)
細菌だけでなく、真菌(カビ)でも耐性が問題になります。
ECDCは2024年状況の調査として、Candidozyma(Candida)aurisの拡大、検査能力、感染対策の準備状況などを整理しています。
C. aurisは、医療施設内で伝播・集団発生しやすく、治療が難しい場合がある点が問題として扱われています。
<カンジドザイマ(カンジダ)アウリスの疫学的状況、検査能力、および準備状況に関する調査、2024年>
Survey on the epidemiological situation, laboratory capacity and preparedness for Candidozyma (Candida) auris, 2024
食品・環境(One Health)
ヒト医療だけで完結しないので、食品・環境も含めて見ます。
EFSAは、EU/EFTAの食品連鎖におけるカルバペネマーゼ産生腸内細菌目(CPE)の状況について2025年アップデートを出しています。
日本でもOne Healthの年次報告(NAOR)があり、ヒト・動物・食品・環境の状況をまとめる枠組みになっています。
<EU/EFTAにおける食物連鎖におけるカルバペネマーゼ産生腸内細菌科細菌(CPE)の発生と蔓延。パート1:2025年更新>
Occurrence and spread of carbapenemase‐producing Enterobacterales (CPE) in the food chain in the EU/EFTA. Part 1: 2025 update – – 2025 – EFSA Journal – Wiley Online Library
<One Healthの年次報告(NAOR)>
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001466661.pdf
日本のデータ
日本は公的に追える資料がいくつかあります。
- JANIS:厚労省が運営する院内感染サーベイランス(AMRデータも含む)。
About JANIS|JANIS - NAOR(Nippon AMR One Health Report):One Health(ヒト・動物・食品・環境)での年次整理。
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001477833.pdf - AMR対策アクションプラン(2023–2027):普及啓発、監視、感染対策、適正使用、研究開発、国際協力などの枠組みを明記。
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001096228.pdf
個人でできること(現実的な範囲)
個人でできることは多くありませんが、効果があるものはあります。
- 風邪症状のときに、自己判断で抗菌薬を求めない(必要な場合もあるので“医療者の判断”が前提)
- 出た抗菌薬は、指示通りに飲む(自己中断・余り薬の流用をしない)
- 予防接種や基本的な衛生(手洗い等)をちゃんとやる
- 病院・介護施設では、面会時の衛生ルールを守る

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